82 / 140
消えた娘 三
しおりを挟む
「まぁ、桂雲さんとも仲悪いみたいだけれど、盟宝さんともあまり気が合わないみたいだし。どっちかというと、盟宝さんと顔合わせたくないんでしょうね」
盟宝は形のうえでは桂葉の義父ということになる。痩せた小男で、家令としては優秀なのかもしれないが、気の強そうな桂雲と並んでいると、妻に押されている気がする。
「義理の親子だから、いろいろあるのね。でも、盟宝さんは、桂葉が子どもの頃、字を教えてくれたりもしたんでしょう」
「らしいですけれど……。でも、」
ふと紅鶴は神妙な顔をして、一瞬よく動く唇を止め、それから話した。
「……触られるのが嫌なんだそうですよ」
思いもよらないことを言われて、輪花は絶句した。
「……輪花さんは、桂葉さんの友達ですよね?」
「ええ」
「だから、言います。私、桂葉さんの住んでいた家の前を通ったとき、聞いたことがあるんです。桂葉さんと桂雲さんが喧嘩しているのを。そのとき聞こえたんです。桂葉さんが、盟宝さんが触ってくるのが嫌だって、桂葉さんに訴えているの。そしたら」
「……そしたら?」
「桂雲さん、すごい怒っていました。仮にも義理のお父さんのことを、そんなふうに言うなんて、って。それで頬を叩くような音がひびいて。すさまじかったですよ。桂雲さん、怒ると本当におっかないんです。鬼女みたいでした」
揶揄も皮肉もなく、紅鶴は言う。
「私、怖くなって固まってしまって、そこに突っ立っていたんです。そしたら、顔を真っ赤にした桂葉さんが飛び出てきて、泣きながら裏山へ走って行きました」
輪花は息を吐いてから訊いた。
「そんなことがあったの……。そのとき桂葉は幾つだったの?」
「えーと、たしか私が八歳のときだったから、桂葉さんは十二歳だったはずです」
輪花は十二の桂葉を想像してみた。義理の父との関係に傷つき、実母に打たれ、泣いていた桂葉を。
しばし二人のあいだ沈黙がおりた。その沈黙を打ち破るようにふたたび紅鶴の口が動く。
「今、桂葉さん、きっと文全さんを待っているんじゃないですか? 文全さんと手を取りあってお屋敷を出る相談しているかも」
「そんなこと……」
「桂葉さんは、本当にこのお屋敷が厭なんですよ」
「あなた、桂葉とそんな話をよくするの?」
輪花は苛立ちを感じてきた。自分より屋敷のことを知悉し、桂葉のことも自分以上に深く理解しているような口をきく紅鶴に。年下のくせに……、と。
「仲良くはなくても、ずっと一緒にこのお屋敷で過ごしてきましたらかね。……本当は、屋敷の若い使用人は皆このお屋敷を出たがっているんですよ。特に女は」
紅鶴の口調はひどく大人びたものだった。
盟宝は形のうえでは桂葉の義父ということになる。痩せた小男で、家令としては優秀なのかもしれないが、気の強そうな桂雲と並んでいると、妻に押されている気がする。
「義理の親子だから、いろいろあるのね。でも、盟宝さんは、桂葉が子どもの頃、字を教えてくれたりもしたんでしょう」
「らしいですけれど……。でも、」
ふと紅鶴は神妙な顔をして、一瞬よく動く唇を止め、それから話した。
「……触られるのが嫌なんだそうですよ」
思いもよらないことを言われて、輪花は絶句した。
「……輪花さんは、桂葉さんの友達ですよね?」
「ええ」
「だから、言います。私、桂葉さんの住んでいた家の前を通ったとき、聞いたことがあるんです。桂葉さんと桂雲さんが喧嘩しているのを。そのとき聞こえたんです。桂葉さんが、盟宝さんが触ってくるのが嫌だって、桂葉さんに訴えているの。そしたら」
「……そしたら?」
「桂雲さん、すごい怒っていました。仮にも義理のお父さんのことを、そんなふうに言うなんて、って。それで頬を叩くような音がひびいて。すさまじかったですよ。桂雲さん、怒ると本当におっかないんです。鬼女みたいでした」
揶揄も皮肉もなく、紅鶴は言う。
「私、怖くなって固まってしまって、そこに突っ立っていたんです。そしたら、顔を真っ赤にした桂葉さんが飛び出てきて、泣きながら裏山へ走って行きました」
輪花は息を吐いてから訊いた。
「そんなことがあったの……。そのとき桂葉は幾つだったの?」
「えーと、たしか私が八歳のときだったから、桂葉さんは十二歳だったはずです」
輪花は十二の桂葉を想像してみた。義理の父との関係に傷つき、実母に打たれ、泣いていた桂葉を。
しばし二人のあいだ沈黙がおりた。その沈黙を打ち破るようにふたたび紅鶴の口が動く。
「今、桂葉さん、きっと文全さんを待っているんじゃないですか? 文全さんと手を取りあってお屋敷を出る相談しているかも」
「そんなこと……」
「桂葉さんは、本当にこのお屋敷が厭なんですよ」
「あなた、桂葉とそんな話をよくするの?」
輪花は苛立ちを感じてきた。自分より屋敷のことを知悉し、桂葉のことも自分以上に深く理解しているような口をきく紅鶴に。年下のくせに……、と。
「仲良くはなくても、ずっと一緒にこのお屋敷で過ごしてきましたらかね。……本当は、屋敷の若い使用人は皆このお屋敷を出たがっているんですよ。特に女は」
紅鶴の口調はひどく大人びたものだった。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる