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闇、深く 三
しおりを挟む清鳳には、老女の背後の黒い煙がさらに黒く見えた。
「で、では……、」
清鳳が自分の喉が、ごくりと鳴る音が聞こえた。
「玉蓮奥様は?」
ふふふふ……。
「私の娘さ……でもね、」
火玉はうっとりとした老いた顔で壁の絵を見つめた。
「父親は、夫ではないのさ」
暗い秘密をつぎつぎとこぼしながら老女は遠い目で天井を眺め、天井に描かれた宝相華の模様に魅入っている。清鳳もつられて見上げた。
牡丹を中心として、石楠花、芙蓉、蓮の美しい部分だけを取って創り出したその幻の花模様を見つめている老女の目は、どこか別世界を見ているようだ。清鳳は確信した。火玉は、もうすぐ死ぬだろう。
「で、では、父親は?」
「……あの絵を描いた絵師さ」
ああ……。清鳳は声をもらしていた。
どこかで、やはり、という想いも湧くのは、生涯独身だった師の遺品を整理したとき見つけた数々の下描きの絵だ。それらは一人の美しい娘を描いたものだったが、なかにはあられもない姿、一糸まとわぬ姿を描いたものもあったからだ。清鳳が知るかぎり、生前師が裸婦の絵を描くことなどなかったはずだ。
「絵を描いてもらってからも、時々は屋敷に招いていてね……いつしか、そうなったのさ。けれども……彼は、私のことを使用人だと思って抱いたのかもしれないね」
え? 清鳳は眉を上げた。
「言ったろう? 今じゃそうでもないけれど、私と異母姉は若い頃はよく似ていたんだよ。着ている物を取り替えたら、誰も見分けがつかないぐらいにね」
「そ、それでは、あなたは……」
まさか、そうなのだろうか? 使用人のふりをして、絵師に抱かれたというのか。
「皮肉だねぇ……。家も財産ももらったっていうのに……あてがわれた夫とはどうしてもうまくいかず、貧しい絵師に恋をしてしまうなんて。しかも相手は、使用人の娘を好いていて……。私は異母姉の衣を着てあの人の室に忍び入って、想いを遂げたのだよ」
清鳳は言葉がなかった。
この屋敷は、嘘と偽りで満ちている。そして暗い因果。
寒気がした。だが、火玉の目が閉じられようとしているのに気づいた。
「お、奥様、輪花さんはどうしたんですか? 知っているんですか?」
あわてて声を荒げて訊いた清鳳に、火玉は眠りそうになりながらも応えた。
「多分……口封じだよ……」
清鳳は寝台のそばに膝をついて必死に頼んだ。
「た、助けてやってください! なんとかしてください!」
「……を探すといい」
え? 耳を老女の口もとに寄せてみた。
……を探すといい。かろうじて聞こえた言葉は清鳳を困惑させた。
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