龍蘭帝国奇談夜話 影絵遊び

平坂 静音

文字の大きさ
3 / 34

花梨

しおりを挟む
 だが、その妓女の必須条件である、凛とした傲慢さや、ひそやかな媚態というものが、花鈴にはない。
「そりゃ、愛嬌も必要だけれどさぁ……、あんたの場合は、気取りや驕りがなくても愛嬌があるとは言えないんだよねぇ」
 遣り手婆は時折、もどかしげにその点を指摘する。
「あんたには……、なんていうのか、驕るにしても、なびくにしても、芯というものがない。それが難点だよ」
「ごめんなさい」
 芯がないと言われても、どうにもしようがない。花鈴はとりあえず謝ってみたが、それよりも、気になるのは窓の外の人ごみだ。
 普段はこの刻限なら、まだあまり人がいない通りも、今日は大勢の人影が黄昏まえの太陽にあぶりだされて、かわいた道で元気そうに踊っている。自分もあのなかに混ざりたい。いくら妓女でも、地面に描かれる黒絵は、他と違いはないだろう。
 皇帝陛下ご生誕の祝賀の日、大通りの喧騒はどれほどのものだろう。花鈴はさっきから外へ出てみたくてうずうずしていた。
 円窓のすぐ向こうでは、〝花梨かりん〟の花が涼しげに微風に吹かれて、薄紅色の可憐な花びらをゆらしている。
 花鈴の名は、この庭木にちなんでつけられた。おそらく花鈴がこの楼に来たのは花梨の花の盛りの今ごろだったのだろう。そして行儀作法、ひととおりの技芸を仕込まれて妓女となって、その名前の由来となった花梨の花がよく見える、楼の西の隅になるこの部屋をあたえられたのだ。
 親がつけてくれた本当の名は花鈴自身も覚えていない。そもそも、親がいたかどうかさえも覚えていない。
 そんな内心の感傷をふりはらうように花鈴は心中で叫んでみた。
(あー、外に出たい)
 いくら借金でしばられている妓女たちでも、月に数日定められた休みの日には、下働きの下女か下男のお供兼見張りを連れての外出はゆるされている。そういう点は妓女たちは、深層のご令嬢や大家の奥方よりも、よっぽど自由がきくのだ。
「とにかく、夕方になって客が入ってきたら、あんたも、もうちょっと気合入れてがんばるんだよ。あたしは料理の下ごしらえを手伝ってくるから」
 遣り手婆のおもな仕事は客のもてなしや妓女の世話だが、人手が足りていないので、そういった台所仕事も兼ねなくてはならない。
 両開きの木の扉の向こうへ消えていく老女の灰色の背を見送りながら、花鈴は内心で安堵のため息をはいた。
(あー、やれやれ。やっと行ってくれたわ。もう、うるさいんだから、お婆さんてば)
 花鈴は椅子から下りて立ちあがると、思いっきり両腕を伸ばした。はな色の衣の袖がめくれて白い肌があらわになるが、かまうものか誰もいないのだ。つかの間の自由を満喫すると、ついくだけた独り言がもれてしまう。
「敵は去った。良し!」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

雨が止むとき、人形は眠る

秋初夏生
ホラー
「雨の日に人が突然倒れる」という不可解な事件が、金沢で続発していた。 冥府庁調査課の神崎イサナと黒野アイリは調査の末、ひがし茶屋街に佇む老舗の人形店「蓮月堂」へ辿り着く。 そこでは“誰も作った覚えのない人形が、夜ごと少しずつ増えている”という奇妙な噂が立っていた。 病に伏す人形師・桐生誠士は、異変の真相解明を二人に託し、さらに姿を消した元弟子の人形師“斎宮”を探してほしいと願う。 増え続ける人形、曖昧に濁される証言、消えた記録。静かな雨音の下で、隠された想いが少しずつ輪郭を帯びていく。 これは、失ったものを手放せなかった人間の執念が引き起こす、じわじわと心を侵す怪異の物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

処理中です...