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身の上
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「わたし……幼い頃から妓楼にいたんです。あの、こここからだいぶ歩いたところにある《遊月楼》という妓楼です。それで……だから、親の顔も知らないんです」
いったいどうして、そんな言わずとも良いことまで自分は相手にぺらぺらしゃべっているのだろう。花鈴は内心とまどいつつも、まくしたててしまっていた。
「もの心ついた頃から……ということは、おまえは、親に売られたのか?」
「たぶん、そうだと思うんですけれど……、でもくわしい事情とかは知らないんです」
おずおずと目を上げると、秋封の疑わしげな目とかちあう。
「知らないなんてことがあるか? おまえのことなのだろう?」
そうは言われても、本当にわからないことなのだから仕方ない。そういう話は、遊里ではめずらしくもないのだ。
「それでも……知らないんです」
「おまえの借金はいくらなのだ?」
これもまた花鈴を困惑させた。
「えーと……たくさんだと思います」
「たくさん? おまえ、自分の借金の正確な額も知らないのか?」
あきれたように声をたかくする秋封に、花鈴はすこし腹が立ってきた。
同時に、考えてみれば、どうして今までそのことを気にしなかったのか、花鈴自身ふしぎな気がしてきた。
もの心ついた頃から、妓楼で遣り手婆や下働きの女たちに面倒をみてもらっていた。少し大きくなってくると、台所仕事を手伝わされるかたわら、琴や琵琶、舞や詩歌などを教えこまれ、童勤めと呼ばれる期間をへて、いつしか周囲から妓女花鈴と呼ばれるようになっていた。
その境遇にまったく疑問をもたずに今日まできてしまった。親に売られたということは間違いないのだろうが、その親がどこの誰で、自分に背負わされた借金がいくらぐらいなのかも知らされていない。けれど、それはこれから花鈴が一生かかっても払えるかどうかわからないほどの額だということだけは確かだ。
花鈴とおなじ妓楼育ちの娘でも、親の顔や名前を覚えている者もいれば、時折親代わりの親戚が会いに来る者もある。借金をせがまれるので当人は会うのを嫌がっていたが、すくなくともその朋輩には自分の出生や出自がしっかりわかっているのだ。
だが、花鈴にはそういう親も親戚もいない。田舎から売られてきた娘でも、記憶にはほとんど残っていないとはいえ、涙をのんで自分を見送った親の顔は見ていたろう。
だが花鈴には故郷のおぼろな残像すら夢に浮かぶこともない。べつに世に珍しい話ではないだろうが、こうして追及されると確かに奇妙で、すこし情けない気がしてきた。
「おまえ、騙されているのではないか?」
秋封は眉間を険しくさせて詰めよるように言いはなった。
いったいどうして、そんな言わずとも良いことまで自分は相手にぺらぺらしゃべっているのだろう。花鈴は内心とまどいつつも、まくしたててしまっていた。
「もの心ついた頃から……ということは、おまえは、親に売られたのか?」
「たぶん、そうだと思うんですけれど……、でもくわしい事情とかは知らないんです」
おずおずと目を上げると、秋封の疑わしげな目とかちあう。
「知らないなんてことがあるか? おまえのことなのだろう?」
そうは言われても、本当にわからないことなのだから仕方ない。そういう話は、遊里ではめずらしくもないのだ。
「それでも……知らないんです」
「おまえの借金はいくらなのだ?」
これもまた花鈴を困惑させた。
「えーと……たくさんだと思います」
「たくさん? おまえ、自分の借金の正確な額も知らないのか?」
あきれたように声をたかくする秋封に、花鈴はすこし腹が立ってきた。
同時に、考えてみれば、どうして今までそのことを気にしなかったのか、花鈴自身ふしぎな気がしてきた。
もの心ついた頃から、妓楼で遣り手婆や下働きの女たちに面倒をみてもらっていた。少し大きくなってくると、台所仕事を手伝わされるかたわら、琴や琵琶、舞や詩歌などを教えこまれ、童勤めと呼ばれる期間をへて、いつしか周囲から妓女花鈴と呼ばれるようになっていた。
その境遇にまったく疑問をもたずに今日まできてしまった。親に売られたということは間違いないのだろうが、その親がどこの誰で、自分に背負わされた借金がいくらぐらいなのかも知らされていない。けれど、それはこれから花鈴が一生かかっても払えるかどうかわからないほどの額だということだけは確かだ。
花鈴とおなじ妓楼育ちの娘でも、親の顔や名前を覚えている者もいれば、時折親代わりの親戚が会いに来る者もある。借金をせがまれるので当人は会うのを嫌がっていたが、すくなくともその朋輩には自分の出生や出自がしっかりわかっているのだ。
だが、花鈴にはそういう親も親戚もいない。田舎から売られてきた娘でも、記憶にはほとんど残っていないとはいえ、涙をのんで自分を見送った親の顔は見ていたろう。
だが花鈴には故郷のおぼろな残像すら夢に浮かぶこともない。べつに世に珍しい話ではないだろうが、こうして追及されると確かに奇妙で、すこし情けない気がしてきた。
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