龍蘭帝国奇談夜話 影絵遊び

平坂 静音

文字の大きさ
18 / 34

買えない喧嘩

しおりを挟む
「なぜ、わたくしがここに来たかは、ご存知でしょうね」
 桜玉と名乗った娘の声は、銀の鈴を鳴らしたかのような玲瓏玉れいろうたまのごとき美声だが、季節はずれの氷柱つららがひそめられていそうだ。
「はい……いえ、あの」
 花鈴は、これは困ったことになったと思いながらうつむいた。
 客の男の妻妾さいしょうなり身内の人間が、客の放蕩ほうとうを案じて妓楼にのりこんでくることは時々あるが、こんな若い娘が来るのはめずらしい。それも客自身を呼びに来たのではなく、客の相手をする妓女に直談判じかだんぱんにくるとは。
 こういうときは遣り手婆なり楼主なりが相手をして、なんとかなだめて追い返すものだが、のりこんできた娘の、花鈴とそう歳もかわらぬ若輩ぶりに、遣り手婆も気を抜いたのか、金さえ払ってくれるなら、これも客だと割りきったのか、まったく顔を出さない。
(なによ……、こういうときうまく仕切ってくれるのも遣り手婆の仕事でしょう)
 花鈴は内心、困り果てていた。こういう場合、ある程度世慣れた妓女ならうまく話相手をして相手の勘気かんきをほどくか、ひらきなおって、それこそ芝居の一幕のように、売られた喧嘩は買ってやるといわんばかりに、啖呵のひとつも吐くかもしれないが、こういった女同士の修羅場を踏むには、花鈴にはまだ最低でも五度の春が必要だった。
 それでなくとも口下手な花鈴は、蛇ににらまれた蛙のようにひたすら縮こまってしまった。喧嘩は苦手だし、そもそも怒られるほどのこともしていないのだ。
「わたくしの許婚いいなずけをたぶらかすのは、やめていただきたい」
「ええ……あの、でも……」
「黙ってお聞き。忠実なしもべがあなたのことを見て、知らせてくれたのです。あなたは秋封をたぶらかして、妓楼に誘ったというではないですか?」
「そ、そんなことありません」
「聞きなさい! 秋封は、今たいへんな時期で、妓女と遊んでいる暇などないのです」
「あ、あの……わたしは、ただ話をしようと」
「話ですって?」
 ふん、というふうに相手は鼻を鳴らした。卵型の顔は人形のようにととのっているが、黒い瞳は闇をかくしているように冷たい。もっとも多感な年頃の乙女に、恋仇を目前にして、にこやかにふるまえという方が無理なのかもしれないが。
「それも妓女の手練手管のうちでしょう? 哀れな身の上を語って男の同情心をひき、客としてつなぐ。よくある話だわ」
 さすがに花鈴は腹が立ってきた。花鈴はけっして気が短い方ではないが、あまりにも一方的な言い分には納得できない。
 何か言い返してやりたくて唇をひらこうとしたが、相手の舌のほうが速かった。 
「いい、秋封はね、今とても辛い状況なのよ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

雨が止むとき、人形は眠る

秋初夏生
ホラー
「雨の日に人が突然倒れる」という不可解な事件が、金沢で続発していた。 冥府庁調査課の神崎イサナと黒野アイリは調査の末、ひがし茶屋街に佇む老舗の人形店「蓮月堂」へ辿り着く。 そこでは“誰も作った覚えのない人形が、夜ごと少しずつ増えている”という奇妙な噂が立っていた。 病に伏す人形師・桐生誠士は、異変の真相解明を二人に託し、さらに姿を消した元弟子の人形師“斎宮”を探してほしいと願う。 増え続ける人形、曖昧に濁される証言、消えた記録。静かな雨音の下で、隠された想いが少しずつ輪郭を帯びていく。 これは、失ったものを手放せなかった人間の執念が引き起こす、じわじわと心を侵す怪異の物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

処理中です...