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買えない喧嘩
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「なぜ、わたくしがここに来たかは、ご存知でしょうね」
桜玉と名乗った娘の声は、銀の鈴を鳴らしたかのような玲瓏玉のごとき美声だが、季節はずれの氷柱がひそめられていそうだ。
「はい……いえ、あの」
花鈴は、これは困ったことになったと思いながらうつむいた。
客の男の妻妾なり身内の人間が、客の放蕩を案じて妓楼にのりこんでくることは時々あるが、こんな若い娘が来るのはめずらしい。それも客自身を呼びに来たのではなく、客の相手をする妓女に直談判にくるとは。
こういうときは遣り手婆なり楼主なりが相手をして、なんとかなだめて追い返すものだが、のりこんできた娘の、花鈴とそう歳もかわらぬ若輩ぶりに、遣り手婆も気を抜いたのか、金さえ払ってくれるなら、これも客だと割りきったのか、まったく顔を出さない。
(なによ……、こういうときうまく仕切ってくれるのも遣り手婆の仕事でしょう)
花鈴は内心、困り果てていた。こういう場合、ある程度世慣れた妓女ならうまく話相手をして相手の勘気をほどくか、ひらきなおって、それこそ芝居の一幕のように、売られた喧嘩は買ってやるといわんばかりに、啖呵のひとつも吐くかもしれないが、こういった女同士の修羅場を踏むには、花鈴にはまだ最低でも五度の春が必要だった。
それでなくとも口下手な花鈴は、蛇ににらまれた蛙のようにひたすら縮こまってしまった。喧嘩は苦手だし、そもそも怒られるほどのこともしていないのだ。
「わたくしの許婚をたぶらかすのは、やめていただきたい」
「ええ……あの、でも……」
「黙ってお聞き。忠実な僕があなたのことを見て、知らせてくれたのです。あなたは秋封をたぶらかして、妓楼に誘ったというではないですか?」
「そ、そんなことありません」
「聞きなさい! 秋封は、今たいへんな時期で、妓女と遊んでいる暇などないのです」
「あ、あの……わたしは、ただ話をしようと」
「話ですって?」
ふん、というふうに相手は鼻を鳴らした。卵型の顔は人形のようにととのっているが、黒い瞳は闇をかくしているように冷たい。もっとも多感な年頃の乙女に、恋仇を目前にして、にこやかにふるまえという方が無理なのかもしれないが。
「それも妓女の手練手管のうちでしょう? 哀れな身の上を語って男の同情心をひき、客としてつなぐ。よくある話だわ」
さすがに花鈴は腹が立ってきた。花鈴はけっして気が短い方ではないが、あまりにも一方的な言い分には納得できない。
何か言い返してやりたくて唇をひらこうとしたが、相手の舌のほうが速かった。
「いい、秋封はね、今とても辛い状況なのよ」
桜玉と名乗った娘の声は、銀の鈴を鳴らしたかのような玲瓏玉のごとき美声だが、季節はずれの氷柱がひそめられていそうだ。
「はい……いえ、あの」
花鈴は、これは困ったことになったと思いながらうつむいた。
客の男の妻妾なり身内の人間が、客の放蕩を案じて妓楼にのりこんでくることは時々あるが、こんな若い娘が来るのはめずらしい。それも客自身を呼びに来たのではなく、客の相手をする妓女に直談判にくるとは。
こういうときは遣り手婆なり楼主なりが相手をして、なんとかなだめて追い返すものだが、のりこんできた娘の、花鈴とそう歳もかわらぬ若輩ぶりに、遣り手婆も気を抜いたのか、金さえ払ってくれるなら、これも客だと割りきったのか、まったく顔を出さない。
(なによ……、こういうときうまく仕切ってくれるのも遣り手婆の仕事でしょう)
花鈴は内心、困り果てていた。こういう場合、ある程度世慣れた妓女ならうまく話相手をして相手の勘気をほどくか、ひらきなおって、それこそ芝居の一幕のように、売られた喧嘩は買ってやるといわんばかりに、啖呵のひとつも吐くかもしれないが、こういった女同士の修羅場を踏むには、花鈴にはまだ最低でも五度の春が必要だった。
それでなくとも口下手な花鈴は、蛇ににらまれた蛙のようにひたすら縮こまってしまった。喧嘩は苦手だし、そもそも怒られるほどのこともしていないのだ。
「わたくしの許婚をたぶらかすのは、やめていただきたい」
「ええ……あの、でも……」
「黙ってお聞き。忠実な僕があなたのことを見て、知らせてくれたのです。あなたは秋封をたぶらかして、妓楼に誘ったというではないですか?」
「そ、そんなことありません」
「聞きなさい! 秋封は、今たいへんな時期で、妓女と遊んでいる暇などないのです」
「あ、あの……わたしは、ただ話をしようと」
「話ですって?」
ふん、というふうに相手は鼻を鳴らした。卵型の顔は人形のようにととのっているが、黒い瞳は闇をかくしているように冷たい。もっとも多感な年頃の乙女に、恋仇を目前にして、にこやかにふるまえという方が無理なのかもしれないが。
「それも妓女の手練手管のうちでしょう? 哀れな身の上を語って男の同情心をひき、客としてつなぐ。よくある話だわ」
さすがに花鈴は腹が立ってきた。花鈴はけっして気が短い方ではないが、あまりにも一方的な言い分には納得できない。
何か言い返してやりたくて唇をひらこうとしたが、相手の舌のほうが速かった。
「いい、秋封はね、今とても辛い状況なのよ」
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