あの花の盛りに

平坂 静音

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「これを傷つけしまったために教授の叔母さんは熱を出し、近所の高校生が失踪した」
「しーっ! そのことはこの家では禁句なのよ」 
 教授が人差し指を赤い唇に当てる。
「あら、どうしてですか? 掛け軸のせいでも、教授やお家の方のせいでもないのに」
 教授が掛け軸破ったからといって、近所の高校生が失踪するなんておかしい。教授自身が失踪したというならともかく。
「そうなんだけれど、タイミングがねぇ。それに祖父母は加奈ちゃんのことでひどく胸を痛めているの。今でもこの時期になると思い出すんだって。最後に見た着物姿の加奈ちゃん、可愛かったねぇ……って」
「着物着てたんですか?」
 尚彦の問いに教授は追憶にふけるように目を天井に向けた。
「うん。顔は覚えていないんだけれど、あたし、その青っぽい着物はなんとなく覚えているの。きれいなお姉さんだなぁって。あたしも大きくなったらあんな綺麗な花の模様の着物着たいなぁ……って。笑わないでよ」
 今みたいに派手なスーツ姿の教授を見慣れているわたしは、ついにんまりしてしまう。
「この和室、本当に見事ですね。調度品も飾りものもすごく凝ってる」
 そういえば尚彦の家は、そういった物をあきなっているんだと一度聞いたことがある。だから古い物やそれにまつわる歴史に興味があるんだって。 
「柱や欄間らんまとか、凝ってますよね。畳の模様とかもかなり手が入ってる。すごいな。部屋そのものが芸術品だ」
「斉藤君、若いのにそういうこと詳しいね」
 教授が感嘆した。わたしはと言えば、そのとき初めて畳のへりにも模様があったことに気が付いた。
「まぁ、今日はせっかく君らが来てくれたから母屋でお祖母ちゃんが料理に力入れてるわ。でも、お祖母ちゃんの前でこの話は駄目よ。あ、夜はどうする? 部屋は一緒がいい?」
「べ、別々でいいです!」 
 わたしは叫んでしまった。
「じゃ、一応別々の部屋にお布団用意するわね。襖一枚向こうは他所よそのお国よ」
 意味深な言葉にますます頬が熱くなる。一人舞い上がっているわたしは馬鹿みたい。
 尚彦はずっと部屋のなかを観察するように念入りに見ていて、さっきの教授のいやらしい視線にも気づいていないみたいだ。

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