81 / 116
暗転 一
しおりを挟む
「いや、失敬。しかしこれも仕事なんでね。マドモワゼル、そんな薄着じゃいくら初夏でも風邪をひくよ。時間をあげるから着込んでくるといい。これから署にご同行していただくことになるからね」
二階から下りてきた娼婦たちのなかにはビュルもいる。下着姿のあられもないかっこうで、濡れた青い瞳で、かつて恋人と呼んだ刑事を呆然と見ている。
さすがにオードランであったマセ刑事も、一瞬鼻白むような顔になったが、すぐその顔を引き締めた。
「マドマワゼル、君も上に着るものを取ってくるがいい」
今ビュルのコバルトブルーの瞳に映っているのは見知らぬ男、職務のためなら平気で嘘をつき、十四歳の少女の心をふみにじれる冷酷な警官なのだろう。
必死の想いで逃げてきたはずの警察署の薄暗い廊下に、ふたたびコンスタンスはブリジットやビュル、他の三人の娼婦とともに立っていた。
幸い、ペリーヌは今日は来ていなかった。気の弱い彼女にとっては今日休んでいたことは僥倖だったろう。
一緒に逮捕された娘たちのうち一番年長の娘は十九歳で、幸か不幸か彼女は過去にすでに私娼としての売春で三度逮捕されており、当局に登録され娼婦の認可を取っていたため、ちょっとしたお小言だけですぐ帰ることをゆるされた。だが、他の少女たちは逮捕されることになった。
コンスタンスはふたたび風紀課の係官の前に立たされ、泣きそうになった。
「おやおや、また会ったねマドモワゼル。一晩に二度も会うとは、君とは縁があるようだな」
相手の冷たい濁った緑の目は揶揄しているようでもあり、呆れているようでもある。コンスタンスは情けなさに泣き出したいのを必死にこらえた。
「君はやっぱりサン=ラザールかね。売春の再犯は植民地への流刑もありえるぞ」
実際には二度目の逮捕でそこまでされることはないのだが、そんなことは知らないコンスタンスはあまりの恐怖に叫んでいた。
「わたしは娼婦じゃありません!」
「街娼として逮捕されて、不認可の娼館で逮捕されて、もうそれは通らないだろう?」
コンスタンスが悔しさに何か言わねばと口を開いた瞬間、ドアが開いた。
「失礼、こちらにコンスタンス・ドュホォールという娘がいると聞きましたが」
入って来たのは若い男だ。私服警官のようで、こざっぱりとした灰色の背広を着ている。
「彼女がそうだが」
その若い私服警官は怜悧そうな黒い目でコンスタンスを見る。
「君がコンスタンス・デュホォールか?」
「……はい、そうですけれど」
二階から下りてきた娼婦たちのなかにはビュルもいる。下着姿のあられもないかっこうで、濡れた青い瞳で、かつて恋人と呼んだ刑事を呆然と見ている。
さすがにオードランであったマセ刑事も、一瞬鼻白むような顔になったが、すぐその顔を引き締めた。
「マドマワゼル、君も上に着るものを取ってくるがいい」
今ビュルのコバルトブルーの瞳に映っているのは見知らぬ男、職務のためなら平気で嘘をつき、十四歳の少女の心をふみにじれる冷酷な警官なのだろう。
必死の想いで逃げてきたはずの警察署の薄暗い廊下に、ふたたびコンスタンスはブリジットやビュル、他の三人の娼婦とともに立っていた。
幸い、ペリーヌは今日は来ていなかった。気の弱い彼女にとっては今日休んでいたことは僥倖だったろう。
一緒に逮捕された娘たちのうち一番年長の娘は十九歳で、幸か不幸か彼女は過去にすでに私娼としての売春で三度逮捕されており、当局に登録され娼婦の認可を取っていたため、ちょっとしたお小言だけですぐ帰ることをゆるされた。だが、他の少女たちは逮捕されることになった。
コンスタンスはふたたび風紀課の係官の前に立たされ、泣きそうになった。
「おやおや、また会ったねマドモワゼル。一晩に二度も会うとは、君とは縁があるようだな」
相手の冷たい濁った緑の目は揶揄しているようでもあり、呆れているようでもある。コンスタンスは情けなさに泣き出したいのを必死にこらえた。
「君はやっぱりサン=ラザールかね。売春の再犯は植民地への流刑もありえるぞ」
実際には二度目の逮捕でそこまでされることはないのだが、そんなことは知らないコンスタンスはあまりの恐怖に叫んでいた。
「わたしは娼婦じゃありません!」
「街娼として逮捕されて、不認可の娼館で逮捕されて、もうそれは通らないだろう?」
コンスタンスが悔しさに何か言わねばと口を開いた瞬間、ドアが開いた。
「失礼、こちらにコンスタンス・ドュホォールという娘がいると聞きましたが」
入って来たのは若い男だ。私服警官のようで、こざっぱりとした灰色の背広を着ている。
「彼女がそうだが」
その若い私服警官は怜悧そうな黒い目でコンスタンスを見る。
「君がコンスタンス・デュホォールか?」
「……はい、そうですけれど」
0
あなたにおすすめの小説
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。
生きるために走る者は、
傷を負いながらも、歩みを止めない。
戦国という時代の只中で、
彼らは何を失い、
走り続けたのか。
滝川一益と、その郎党。
これは、勝者の物語ではない。
生き延びた者たちの記録である。
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)
MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
別れし夫婦の御定書(おさだめがき)
佐倉 蘭
歴史・時代
★第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★
嫡男を産めぬがゆえに、姑の策略で南町奉行所の例繰方与力・進藤 又十蔵と離縁させられた与岐(よき)。
離縁後、生家の父の猛反対を押し切って生まれ育った八丁堀の組屋敷を出ると、小伝馬町の仕舞屋に居を定めて一人暮らしを始めた。
月日は流れ、姑の思惑どおり後妻が嫡男を産み、婚家に置いてきた娘は二人とも無事与力の御家に嫁いだ。
おのれに起こったことは綺麗さっぱり水に流した与岐は、今では女だてらに離縁を望む町家の女房たちの代わりに亭主どもから去り状(三行半)をもぎ取るなどをする「公事師(くじし)」の生業(なりわい)をして生計を立てていた。
されどもある日突然、与岐の仕舞屋にとっくの昔に離縁したはずの元夫・又十蔵が転がり込んできて——
※「今宵は遣らずの雨」「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」「大江戸の番人 〜吉原髪切り捕物帖〜」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる