メゾン・クローズ 光と闇のはざまで

平坂 静音

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 諦めて帰るか、伝言だけでものこすか一瞬迷ったとき、背後からいきなり肩をたたかれ悲鳴をあげそうになった。

「いや、悪い、悪い、私だよ」

 鼻の下のちょび髭がどこか滑稽な雰囲気をはなっているその人物は、オードラン氏、いやマセ刑事だった。コンスタンスは彼を見たとたん、かすかな怒りを覚えた。

「こんにちは……」

 嫌々ながらも挨拶はしたが、やはり気分は良くない。

 この刑事に騙されたのだという悔しさがこみあげてくるのだ。だが、彼がコンスタンスをエマ殺害の容疑から救ってくれたのも事実であり、心中複雑である。

「こんにちは、マドモワゼル。今日はどうしたんだい?」

「……あの、フィオー刑事に用があって」

「ああ、そりゃ残念だったね。今日は競馬場で騒ぎがあったらしく、人手が足りないもんで、そっちへ応援に行っているらしい」
 
 受け付けの警官が口を添えた。

「オートュイユ競馬場ですね。なんでも上流階級の坊ちゃんたちが、障害競走中に、大統領に向かって罵声を浴びせたらしいですよ。連中、反ドレフュス派のお上品なクラブのメンバーなんだそうです」

「お上品なクラブのメンバーが大統領に向かって罵声を浴びせるとはねぇ。なんていうクラブなんだい?」

 若い警官は苦笑してみせた。

「『白撫子しろなでしこ』っていうそうですよ。あきれるでしょう?」

「若い男がつくるクラブの名前が『白撫子』かい? そんなことしている暇なら他にもすることがあるだろうに」

 ドイツの諜報ちょうほう活動、つまりスパイ疑惑で逮捕されたアルフレド・ドレフュス大佐が、実は無罪で真犯人が別にいたことはすでにうすうす知られているが、軍部はそれを揉みけし、気の毒なことに真犯人を見つけた軍人を左遷し、真犯人を無罪にした。その犯人は国外へ逃亡してしまい安穏と暮らしているという。

 不幸なドレフュスは今も獄中で自らの無罪を訴えており、それに同情する人権擁護ようご派と、国家主義的な反ドレフュス派はたびたび論争を起こしている。
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