メゾン・クローズ 光と闇のはざまで

平坂 静音

文字の大きさ
112 / 116

しおりを挟む
 コンスタンスには理解できないが、実際、このモルグはほぼ観光名所になっているようで、ここ近年は一年間になんと国内外から百万人もの見物客が押し寄せるという。

「もっと暑くなると、さらに見物客は増えるだろう。今では死体を冷凍しておくための装置があるからね。その冷凍庫のもたらす涼しさをもとめて、夏になると、用もないのに何時間も居座る奴がいるんだ」

 こんな場所で何時間も過ごせるものなのだろうか。驚愕しているコンスタンスにさらに刑事は説明をした。

「ほら、あそこは死体を運び入れるための専用扉がある。他にも死体がまとっている衣服を洗って乾燥させるための洗濯場も備えられている。奥には科学的な検査をするための実験室もある」

 死体の服を洗ったり乾燥させたりする仕事など誰がするのだろう。想像しただけでコンスタンスは足が震えてくる。

「ほら、あっちが陳列室だ」

 刑事が指差す方向に数歩進んで、コンスタンスは叫び出しそうになった。

 消毒薬のような薬くさい臭いが鼻をつく。

 寝台のような台がふたつ並んでいる。

 コンスタンスは背に走る汗でブラウスが湿っていくのを感じた。さらに数歩進む。
 
 内心では叫び出したいほど怖いのに、どういうわけか刑事に逆らえずコンスタンスはさらに足を進めて、息を飲んだ。

 ふたつ並んでいる台には、

(し、……死体がある! 幾つもある!)

 コンスタンスは気を失いそうになった。

「遺体は六体ずつ並ぶようになっているんだ」

 刑事は職業柄慣れているのか、怖れもせず近寄って台のうえに横たわる、かつては人間であったものの残骸を凝視している。

「ビュルは赤毛だった。これは違うな、黒髪だ。……こっちは男だ。こっちは婆さん」

 コンスタンスは膝がくだけてきた。嘔吐感に眩暈めまいがしそうだ。

「こっちは……年頃はおなじだが、違うな。亜麻色だ。今朝通報があったのはこの娘のことだろう。……とりあえず今のところはビュルはいないようだ」
 
 帰るか、とつぶやく刑事の声にほっとして踵を返そうとしたコンスタンスだが、その瞬間、視界に入った遺体の横顔に目を見張った。

「どうしたんだい?」
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

別れし夫婦の御定書(おさだめがき)

佐倉 蘭
歴史・時代
★第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★ 嫡男を産めぬがゆえに、姑の策略で南町奉行所の例繰方与力・進藤 又十蔵と離縁させられた与岐(よき)。 離縁後、生家の父の猛反対を押し切って生まれ育った八丁堀の組屋敷を出ると、小伝馬町の仕舞屋に居を定めて一人暮らしを始めた。 月日は流れ、姑の思惑どおり後妻が嫡男を産み、婚家に置いてきた娘は二人とも無事与力の御家に嫁いだ。 おのれに起こったことは綺麗さっぱり水に流した与岐は、今では女だてらに離縁を望む町家の女房たちの代わりに亭主どもから去り状(三行半)をもぎ取るなどをする「公事師(くじし)」の生業(なりわい)をして生計を立てていた。 されどもある日突然、与岐の仕舞屋にとっくの昔に離縁したはずの元夫・又十蔵が転がり込んできて—— ※「今宵は遣らずの雨」「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」「大江戸の番人 〜吉原髪切り捕物帖〜」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

処理中です...