メゾン・クローズ 光と闇のはざまで

平坂 静音

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十一

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「終わったよ」

 マセ刑事は力なく言う。彼にとってはこういったことは日常業務のひとつだろうが、それでも黒い目が翳っているのは十六歳の少女の死がいたましいからだろう。

「言っておきますけれど……」

 コンスタンスはやはり言わずにおれなかった。

「リジュロンは神に誓って売春なんかしていないわ。それなのに……。あなたの同僚がリジュロンを死に追いやったのよ」

「ああ」

 ふーっ、とマセ刑事は疲れたように溜息を青空にこぼす。

「近所の人からもいろいろ聞いた。リジュロンは真面目な少女だと。あの日も夜学からの帰りで遅くなったときに運悪く酔っ払いにからまれたんだろう。……あの地区の風紀取り締まり警察は性質たちが悪くてね、サン=ラザールで労働力が低下すると街娼狩りをするんだよ」

 逮捕歴のある街娼をサン=ラザール女子刑務所におくりこみ、そこで労働をさせるのだという。

「もうちょっと早く知っていれば、どうにかしてあげたかもしれないが……私も忙しくて」

「娼婦を騙して捕まえるためにね」

 なまじ相手が後悔しているようなのが、コンスタンスの怒りをあおる。

 怒っても悲しんでも時は過ぎるもので、コンスタンスは気の抜けた想いでマセ刑事がひろった馬車にともに乗った。

「……なんで、わたしを連れてきたの」

 コンスタンスの口調はくだけたものになっていた。もはや女学校仕込みの礼儀作法は消え去ってしまっている。向かいの席に座っている刑事は、そんなコンスタンスの変化にさしてとまどいをみせることもなく低い声で説明した。

「こういうのを見たら、君は絶対死のうとは思わないだろう」

「……」

 事実だ。もしかしたら刑事はコンスタンスが自殺するのかと危ぶんだのかもしれない。

 だからこそ敢えてモルグへ連れていったのだろう。現実の死がどういうものか教えるために。だとしたら刑事の考えは正しかったといえる。この先、コンスタンスはなにがあろうと自殺などしない。

(そうよ。わたしは絶対に死んだりなんか……、自ら死んだりなんかしないわ)

 コンスタンスは膝の上で両手の指を組んで自分自身に誓っていた。



「メゾン・クローズ 光と闇のはざまで」終わり

 この物語の続きは、「メゾン・クローズ 闇の向こうで見る夢」でお読みください。
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感想 2

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みんなの感想(2件)

村崎けい子
2020.07.02 村崎けい子

「光と闇のはざまで」揺れ動くコンスタンスの運命とその想いに惹き込まれつつ、最後まで読みました。
 残されたままの謎は、これから明らかになっていくのでしょうか……
「闇の向こうで見る夢」のほうも、これから少しずつ読み進めていきたいと思います。

2020.07.02 平坂 静音

ご感想をありがとうございます。
読んでくださって大変ありがたいです。本当に感謝です。

この物語のつづきは後半となる「闇の向こうで見る夢」で語られ、謎も明らかになっていきます。
どうか気長にお付き合いください。

平坂静音

解除
村崎けい子
2020.06.14 村崎けい子

 現在、最新話(6月14日更新の64頁)まで読みました。
 丁寧な文章から、物語の舞台となっている当時のパリの雰囲気や、登場人物たちの気持ちがありありと伝わってくるようです。
 裕福な家庭に育ったコンスタンス。ちょっぴり我儘だけど、どこか憎めないお嬢様キャラ。彼女の行動や生い立ちなど、読み進めるにつれ前の章に描かれた内容が明らかになっていく構成も魅力的です。
 家庭の経済状態が悪化し、俄かに働かざるを得なくなったコンスタンスが、この苦境をどう乗り越えていくのか、応援しながら読んでいこうと思います。これからの更新も楽しみにしています。

2020.06.15 平坂 静音

村埼様

ご感想、ありがとうございます。とても嬉しいです。感激です。

この後も物語は続きますので、どうかお付き合いください。
なんとかして六月中に最後まで掲載したいと奮闘中です。

平坂静音

解除

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