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 コンスタンスは少し頭がこんがらってきた。

 本名を隠し、年齢も国籍も経歴もいつわる女たちの住むこの館が、じつに摩訶不思議なところに思えてくる。この館では真実は片隅に追いやられ、嘘という名の仮面で素顔をかくした女たちが、つねに芝居を演じているのだ。まるで館そのものが大きな舞台のようだ。 

「なんだか、皆お芝居しているみたいね」

 思ったことをそのまま口に出すと、キクは笑った。どことなくほろ苦く。

「そう。私たちみんな女優なのよ」

 金で身体を売る日をおくる女たちは、そうでも思わないとやり切れないのだろう。この生活は芝居で、今自分たちは娼婦、売春婦という役をやっているのだ、と。

 とくにキクは、こういう店で働いていてもどこか初心うぶな感じがする。コンスタンスが思うのもおかしな話だが、こういう店で働くのが向いていないのかもしれない。

「じゃ、ここに荷物置いてね。キャロルと相部屋になるから」

 室内に入って驚いたのは、部屋の狭さ暗さだけではなく、ちいさな窓に鉄格子が嵌まっていることだ。

 数秒、コンスタンスはその鉄格子の嵌まった窓をぼんやり見つめていた。

「……娼館の窓には鉄格子が嵌められることになっているのよ。そういうきまりなんですって。私たちの大部屋もそうよ」

 苦笑いしてキクがとりつくろうように言う。

(とんでもない所に来てしまったんだわ……)

 コンスタンスはまたそんな感傷にひるみそうになっている自分を叱咤した。

(いちいち落ち込んでいたらやっていられないじゃない)

 荷物をすべて室内の向かって右側のベッドの脇に置く。左側はキャロルというメイドが使っているようで薄い布団が敷かれている。

「それじゃ、荷物を整理したら厨房へ行ってね」

「あ、待って、キク、あなた本名はなんていうの?」

 咄嗟にコンスタンスは訊いていた。

 一瞬、怪訝な顔をしたキクは、それでも答えてくれた。

「アマンドよ」

 彼女もまたAだ。
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