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「ちょっ、やめて下さい!」
 
 男の手がコンスタンスの寝間着のなかに入ってくる。コンスタンスは悲鳴をあげそうになったが、声が出ない。

「いや……だ、やめて! やめてよ」

「私はコンドルセ伯爵だよ。私に触られると女は皆喜ぶものだよ。ほら、気持ちいいだろう」

(冗談じゃないわ!)

 コンスタンスは怒りと屈辱に身体が燃えた。渾身の力でもって男をはねつける。相手は男にしては小柄でしかも年寄りなので、若いコンスタンスの全身全霊をかけた抵抗にたじろいだようだ。

「いや! いや! はなしてよ!」

 コンスタンスが声を大きくあげた瞬間、ドアが開いた。

「伯爵、こんな所で何していらっしゃるの!」

 入って来たのはアントワネットだ。腰に両手を当て、浮気な夫をしかる嫉妬ぶかい古女房のような仕草で、ツカツカと靴音を鳴らして部屋に入ってくる。

「い、いや、これは……」

 伯爵はあわててベルトをなおしながら身づくろいする。仮にも伯爵で客なのだから、娼婦に言い訳する義理はないはずなのだが、アントワネットの権幕のまえに怯んでしまっているようだ。

「この娘に誘われて……つい、うっかり」

 コンスタンスはとんでもない、と叫びそうになったが、その前に左頬に燃えるような痛みを感じて悲鳴をあげた。

「この、淫売、雌猫! よくも私の客を取ったわね!」

「と、取ってなんか……」

 事情を説明しようと口を開いたが、今度は逆の頬に痛みを感じた。

「よくも、この牝豚! あんた、私になんの恨みがあるのよ!」

「や、やめなさい、アントワネット」

 さすがに伯爵はあわててアントワネットを止めようとしたが、怒りと嫉妬に力を得たアントワネットはおさまらない。

「この、小娘、ちょっと若いからって調子に乗って」

 激しい力がコンスタンスの頬や頭にぶつかってくる。コンスタンスは必死に手で防ごうとしたが、襲ってくる暴力の嵐から逃れることはできなかった。
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