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遺産 一
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「あれ、恵理、タンス買ったの?」
ノックもなしに他人の部屋に勝手に入ってくるなり、工藤美菜はそんな言葉を発した。
「ちがうわよ、それはライティングディスク。書き物用の机よ」
美菜の無作法には慣れているので、私は苦笑しながら小さなシンクに向かい、ポットに水を入れた。
六畳ほどのフローリングの部屋は、テキストと小説本でいっぱいの本棚、小型のタンス、CDラジカセ、ローテーブルと十九歳の女子学生にとって必要なものでいっぱいだ。
聖アグネス女子大学院の寮の部屋は、個室にバス、トイレつきで、ちょっと贅沢なワンルームマンション並みだろうけれど、それでも隣室の大桐麻衣に言わせたら、せまくて不便、だそうだ。
「ユニットバスだなんて、嫌。ゆっくり浸かれないじゃない。それに、ドレッサーを置く場所がないわ」
と、彼女は入寮当時、さんざんこぼしていた。
「ああいう奴は、寮生活なんてしなきゃいいのよ。ほんと、お嬢なんだから」
美菜はそうぼやいていたが、それを言うなら、この学園の生徒は、ほとんどが平均的家庭より裕福なお家のお嬢様だ。
私立聖アグネス女子学園は中等部から大学までつづく、一応、というか、けっこう有名なお嬢様校で関東では有名なのだ。うちは平凡な公務員家庭だけれど、この美菜からして、お父さんは大きな製菓会社の社長さんだ。
美菜は艶光りする床のうえにジーンズであぐらをかくと、勝手知ったる他人の部屋というふうに、平気で持参したスナック菓子の袋をやぶる。ちなみに、それは彼女のお父さんの会社のものだ。
「ねぇ、ちょっと、ちょっと、その座り方は、我が学園の生徒としては……」
お固い寮長の真似をして眉をしかめてみせると、美菜は片膝をたてた。
「ほら、これならいいでしょう? 韓国式正座よ」
またも苦笑するしかない。
この学園は、国際色ゆたかな生徒をそだてるという方針で、帰国子女を率先して受け入れており、実際、親の仕事の都合で韓国に留学していた生徒もいるのだ。これ以上注意すれば、それは外国文化に対する偏見だ、差別だとわめくにちがいない。しかたなく、私はクッションをすすめた。
「お尻が冷えるでしょう。ここ寒いから。ほら、これ、敷いていなさいよ」
「サンキュ」
「お祖母ちゃんがね、女の子は身体冷やしてはいけない、って。将来、健康な赤ちゃんが生めなくなるって」
「へえ。恵理のお祖母ちゃんて、女医さんとか?」
ノックもなしに他人の部屋に勝手に入ってくるなり、工藤美菜はそんな言葉を発した。
「ちがうわよ、それはライティングディスク。書き物用の机よ」
美菜の無作法には慣れているので、私は苦笑しながら小さなシンクに向かい、ポットに水を入れた。
六畳ほどのフローリングの部屋は、テキストと小説本でいっぱいの本棚、小型のタンス、CDラジカセ、ローテーブルと十九歳の女子学生にとって必要なものでいっぱいだ。
聖アグネス女子大学院の寮の部屋は、個室にバス、トイレつきで、ちょっと贅沢なワンルームマンション並みだろうけれど、それでも隣室の大桐麻衣に言わせたら、せまくて不便、だそうだ。
「ユニットバスだなんて、嫌。ゆっくり浸かれないじゃない。それに、ドレッサーを置く場所がないわ」
と、彼女は入寮当時、さんざんこぼしていた。
「ああいう奴は、寮生活なんてしなきゃいいのよ。ほんと、お嬢なんだから」
美菜はそうぼやいていたが、それを言うなら、この学園の生徒は、ほとんどが平均的家庭より裕福なお家のお嬢様だ。
私立聖アグネス女子学園は中等部から大学までつづく、一応、というか、けっこう有名なお嬢様校で関東では有名なのだ。うちは平凡な公務員家庭だけれど、この美菜からして、お父さんは大きな製菓会社の社長さんだ。
美菜は艶光りする床のうえにジーンズであぐらをかくと、勝手知ったる他人の部屋というふうに、平気で持参したスナック菓子の袋をやぶる。ちなみに、それは彼女のお父さんの会社のものだ。
「ねぇ、ちょっと、ちょっと、その座り方は、我が学園の生徒としては……」
お固い寮長の真似をして眉をしかめてみせると、美菜は片膝をたてた。
「ほら、これならいいでしょう? 韓国式正座よ」
またも苦笑するしかない。
この学園は、国際色ゆたかな生徒をそだてるという方針で、帰国子女を率先して受け入れており、実際、親の仕事の都合で韓国に留学していた生徒もいるのだ。これ以上注意すれば、それは外国文化に対する偏見だ、差別だとわめくにちがいない。しかたなく、私はクッションをすすめた。
「お尻が冷えるでしょう。ここ寒いから。ほら、これ、敷いていなさいよ」
「サンキュ」
「お祖母ちゃんがね、女の子は身体冷やしてはいけない、って。将来、健康な赤ちゃんが生めなくなるって」
「へえ。恵理のお祖母ちゃんて、女医さんとか?」
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