闇より来たりし者

平坂 静音

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うわさ 一

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(美菜、どうしちゃったんだろう?)
 学園の花壇に一列にならぶ青紫色の竜胆りんどうをながめながら、私は内心つぶやいた。
 公孫樹いちょうの木の下でベンチに座ってサンドイッチと紙パックのコーヒーでランチを取っていると、ついつい美菜のことを考えてしまう。あれから美菜は寮にもどらなかった。今日でちょうど一週間。
 月曜の昼頃になってやっと連絡のついた美菜のお母さんも、やはり美菜の行き先は知らなくて、とりあえず連絡を待つことになった。
 そして火曜日、警察に通報してはどうかと舎監が提案したとき、お母さんのところへ美菜から、いろいろ考えることがあるので、しばらく大学を休みたいという旨の連絡が行ったそうだ。今は大阪のホテルに泊まっていて、近いうちに帰るから心配しないで、と伝えたという。
 その話を教えてくれた寮長は、眉をしかめた。
(人騒がせよね……。でもね)
 寮長は声を低めた。
(メールでの連絡だったらしいの。……本当に大丈夫なのかしら? ちょっと、心配)
 寮長の言わんとするところは解る。メールだったら、他人が代わって打つこともできる。
 私も心配だけれど、美菜のお母さんに言わせると「話が大きくなったら、美菜が帰って来づらくなるので、とにかく黙っていてほしい」ということだそうだ。
 それにしても、美菜のお父さんは何しているんだろう? 美菜のこと、心配じゃないのだろうか? 
 そう訊くのはやはりためらわれる。寮長も、舎監もきっとそう思っているのだ。美菜は工藤の姓を名乗ってはいても、大きな製菓会社を経営している美菜のお父さんにとっては、よそで作った〝外腹の子〟だから、家出騒ぎが大きくなってマスコミにでももれたら厄介なことになるらしい。今のところ誘拐ではないようだから、とりあえず静観しようというのだろう。
(それにね……)
 実を言うと、美菜がいきなり行方不明になるのはこれが初めてではないのだと、寮長が他言無用と、と前置きして教えてくれた話にはちょっと驚いた。
(工藤さん、今までにも二回、家出したことがあるんですって。一度目は中学三年のときで、このときは三日ぐらいで帰ってきたんだけれど、高校二年の夏休みのときはまるまる一月帰ってこなかったんですって。だから親ごさんも、そんなに慌ててないのね)
 どうせまた今度も家出だろう。しばらく羽目をはずして気がすんだら帰ってくるだろうと、とご両親、とくにお母さんは思っているみたいだ。
 でも……それでも気になる。
 私はサンドイッチを食べ終わると、スカート膝のうえに散ったパンのカスをはらった。
 
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