闇より来たりし者

平坂 静音

文字の大きさ
上 下
43 / 141

出会い 二

しおりを挟む
「怖い?」
 私はびっくりして向かいあって座っているリィーランさんを見た。真剣そうな目だ。彼女のとなりに座っているアレックスは腕を組んで、彼もまた真剣そのものの顔でテーブルの上のファイルを見ている。
「怖いって、まさか、犯罪に関するものなんですか?」
 私はちょっと驚いて二人を見た。まさか……お祖母ちゃんか、うちの家系の誰かが悪い事をしていたとか?
 リィーランさんは困ったように眉を寄せた。
「えーと、ですねぇ……まず美菜さんに翻訳を頼まれて読んでみたんですが、これはかなり昔に書かれたものだと思うんです」
「それって、どれぐらいですか?」
「そうですね。まぁ、七十年ほどは昔のものですね」
「へえ……」
 七十年近く昔に書かれた文書。それだけでもミステリアスで、胸がすこし高鳴る。
「だったら、読むの大変だったんじゃないですか?」
「ええ。でも、どちらかといえば、字自体を読むことよりも、コピーなんで、判別しにくくて、そっちの方が困りましたね」
「昔の中国語って、字も違うんでしょ? 地方によっては言葉もちがうって聞きました。上海語とか、広東語とかいろいろあるって」
「そうですけれど、でも、まぁ、ある程度教育を受けた人は古い字も読めますし、方言はいろいろあっても、たいてい書き言葉はいっしょなんで、そこはそれほど問題ではなかったんです」
 リィーランさんは、ぺらぺらと翻訳文の書類をめくりながら思案気な顔になる。
「口で説明させてもらいますが、これを書いた人はどうやらマレーシア在住の中国人のようです」
「マレーシア……。そこに祖父たちが旅行したか住んでいたって聞きました」
「おそらく、この筆者は華僑の、マレーシア在住の中国人でしょう」
 もしかしたらお祖母ちゃんが書いたものかと思っていたけれど、やっぱりちがっていたみたい。私はちょっと安心したような、残念な気持ち。
「そして、女性である」
 アレックスが口をはさんだ。
しおりを挟む

処理中です...