闇より来たりし者

平坂 静音

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出現 二

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「本当言うとね、ママ、パパとお見合いしたころ、別の人からプロポーズされて悩んだのよね……。でも、その人は、はっきり言ってうちと縁組出来るような家柄じゃないし……。仕方ないわ。お祖父ちゃまのお仕事のこともあるし、ママみたいな生まれの家の娘は、好き勝手なことが出来ないのよ」
 なに、勝手な妄想に走ってんのよ! 
 私はおかしさにお腹が痛くなってきそうだった。
 プロポーズされたことが事実であったとしても、それはお金目当てに決まってる。家柄がどうの、生まれがどうのと言ったって、所詮、祖父は成金なのだ。いや、それでも祖父は一代で財を築いたのだから、それなりに尊敬している。祖父のことでさえつい否定したくなるのは、母のあまりに自己中心的な妄想ぶりだ。すべて自分にいいように解釈して、いつも全身にどんよりとしたピンクのまゆでもまとっているような自分勝手な夢想の世界で生きている。母と話していると、下手な芝居を無理やり見せつけられている不運な観客の気分になってくるのだ。
 ああ……たのむから出て行って。この部屋から出て行って。私の世界から出て行って……。
「あら、やだ? どうしたの、あんた、泣いているの?」
 母は笑っている。赤い唇が奇妙にゆがんでいる。頭がぐらぐらしてきた。
 ……そうだ、私の世界、私の人生……。私の人生はどうなるんだろう?
「あら、あら、本当にどうしちゃったの?」
 笑ったままで母は訊ねた。
 バレリーナになれないなら……。あらためて考えてみると、全身総毛だった。
 それは、この先の人生の全てが闇に包まれるということだ。
 ああ……私には……。
 新たな涙があふれてきた。
 私には、この先の人生に、もう夢がない。希望がない。未来がない。
「いったい、どうしたっていうのよ、麻衣ちゃん」
 母はふざけたように麻衣ちゃん、と呼んだ。そう呼ばれた瞬間、どこかで糸の切れるような音が響いた。
 気づいたとき、手がベッドの台にある置時計に伸びていた。父がヨーロッパで買ってきてくれた、かなり大きな、重みのある高級なオルゴール付き置き時計だ。アンティーク調で、月並みだけれど「エリーゼのために」が流れる。けっこう気に入っていた。持つと、かなり重い。
 私は悲鳴のような叫び声をあげていた。

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