闇より来たりし者

平坂 静音

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魔女の血 四

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 お嬢さんはあいつらに名前をつけたのだという。
「ミミと、イザーっていうのよ」
 お嬢さんは病気のせいもあったろうが、もともと空想好きな子で、よく部屋にこもって本ばかり読んでいた。不思議な物語が好きだったせいもあって、あんな不気味な物を怖いとも思わず、むしろ愛情すら込めてその名を呼び、可愛がっていらしたのだ。
「男の子がイザーで、女の子がミミなの」
 最初にお嬢さんが見たのはイザーで、イザーと話すようになるうちに、やがてミミも目に見えだしたのだという。
 わしはたしかにあの黒いあやかしを見たが、男か女かはわからなかったし、一体しか見なかった。だが、やがてもう一体も見るようになり、そして、見比べてみると、たしかに男と女であることがわかる。なんといっても、裸で出てくるので、いくら幼児の身体でもなんとなくわかるのだ。
「二人はね……、血を欲しがるの」
 さすがにわしがぎょっとしたのを見て、お嬢さんは困ったようにはにかんだ。
「怖がらないで。それ以外は何も悪さしないから。私たちが二人を傷つけない限りは」
 二体の妖したちは、遠い海の向こうから連れてこられたのだという。生きるためには、動物や人の生き血を飲まないとならないのだそうだ。そうしないと、干乾びて死んでしまうらしい。
「だから、私時々、自分の血をあの子たちにあげているの」
 事もなげにそういわれて、またぎょっとしたわしに、お嬢さんは切り傷のある指を見せた。
 ガラス越しに忍び入る月光にかざした指に、ほのかに見える傷痕は、ほとんど治ってはいるが、一つや二つではない。
 眉をしかめるわしを、お嬢さんは楽しげに見ている。
 まったく幸恵お嬢さんは不思議な人だった。お嬢さんに言わせると、「私は、生まれたときからずっと、身体と心の半分を、あちらの世界に置いているの」だそうだ。あちらの世界とは、死者の世界とか、冥途とかいう意味だろう。それもうなずける。
「でもね、足らないときもあるから、そういうときは鶏の血をあげるの」
 わしは、またまたぎょっとした。まったく、おとなしげに見えて、お嬢さんといると驚かせられることが多かった。 
「別に悪いことじゃないでしょう? どうせ潰す鶏の血をあげているんだから」
 お屋敷の裏庭では鶏を飼っており、時折りそれらを食用にしていたが、よもやお嬢さんが自身の手でその作業をなさっているとは夢にも思わなかった。
「……お嬢さんが、自分でするんですか?」
 お嬢さんはわしの腕のなかで、こくりとうなずいた。
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