闇より来たりし者

平坂 静音

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戦い 八

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 実際、お祖父ちゃんの心は別の女性に向いてしまっていたし、娘である幸恵さんは不幸な目に合っている。いくらお祖母ちゃんでも、自分の娘が早死にしたらつらかったはず。
 トヨールがもたらす幸運には、〝つけ〟があったように思える。
 ううん、結局、トヨールに限らず、魔性のものに悪いお願いごとをすると、あの有名なホラー小説の『猿の手』みたいに、最後には必ずそれ相応のもの、もっと怖いものがもどってくるようになっているのかも。
「簡単に願いをかなえてくれる魔法の道具というものは、ときに麻薬のように当事者を滅ぼしてしまうかもしれないのです」
 アレックスが私の思っていることに、さらに念押しするような言葉を述べた。やっぱり、霊感があるだけあって、勘がすごくいい。
「これは、魔性の生き物たちと縁を切る最後のチャンスかもしれません」
 アレックスの声が鼓膜に染みこんでくる。最後のチャンスという言葉に首のうしろが寒くなる。
「このまま、さらにトヨールたちが進化してしまえば、ますます人間の手には負えなくなる。そうなれば、何よりもあなたの身が危ない」
「そんな……脅かさないでください」
「脅しではありません。事実です。もともとあのトヨールは異形のものだったのです。勿論、トヨール自体が異形ですが、それでもあのトヨールはこの世に作り出されたときから変わっていた。本当に特殊なトヨールなので、私にも先が見えないのです」 
 アレックスが一瞬、目を宙にさまよわせた。悩むような迷うようなうつろな目線は、すぐに普段の力強さを取りもどして私にもどってきた。
「勇気を出してみてください。あなたなら出来るはずだ」
 そんな、私のことを何も知らないくせに無責任な、と思い、不満そうな顔をしてしまった私に、アレックスは今度はなだめるような目つきをむけた。
「というよりも、あなたにしか出来ないんです。私にもっとはっきり視えたら……連中が私の元へあらわれたら私自身が戦うのですが」
 アレックスは無念そうに眉をしかめ、それからまた同じ言葉をつぶやいた。
 あなたにしか出来ないんです……。 

 私は複雑な気持ちを抱えたまま、アレックスに別れの挨拶をして店を出た。しっかりと針束の袋を手にして。

 その日は、それからトヨールたちは現れなかった。
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