闇より来たりし者

平坂 静音

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血鎖 六

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(僕はいいんだ。僕は人間の身体なんて欲しくない。このままずっと妖精のように過ごしていてもいいし、いつか消えてしまうならそれでもいいと思っている。もともと、僕は最初から肉体なんて無かったんだから)
(駄目よ、イザー、そんなこと言っちゃ)
 ミミがあわてたように早口で言う。
(イザーも人間の肉体を手に入れればいいのよ。そうしたら私たちずっと一緒だわ)
(無理だよ。僕には君ほどの力はないんだ。君は……きっと女で、女たちの血や情念を得たり吸収したりすることで、どんどんパワーアップしてきたんだと思うけれど、僕は……こんなんでも男だからね……。あまり適応していないんだと思う)
 二人の会話に気を引かれはするものの、私は一瞬たりとも下腹から力を抜かないようにした。
(もう、そんなこと言っちゃ駄目! 見ていなさいよ。まず私がこの女の身体を手にいれるわ。肉体を持つことがどれほど楽しいか知ったら、あんただって身体を持ちたくなるかも。お洒落して、美味しいものを食べて、人間たちの大好きな、あのセックスっていうの? あれをして、毎日楽しく暮らすのよ)
 私は内心、歯軋りしそうになった。
「何言っているのよ! 人間の生活がそんなに楽しいことばかりなわけないでしょう! あんたたちだって人間の嫌なところや、しんどいところをたくさん見てきたんでしょうが! 私だって、あともう少ししたら就職活動しなけりゃならないのよ」
(あら、それだってコネとかいうのがあれば、どうとでもなるんでしょう? いろいろ大学の中をさぐってみたんだから)
「そ、それで仕事を得たって、働くのは大変なのよ!」
(働かなくてもいい方法だっていくらでもあるはずよ)
(ミミ、それはわからないよ。人間の身体に入ってしまえば、もう君は今の力を失くしてしまうことになるかもしれない)
 イザーの口調がやや老成したものになった。けれど、それに対して返したミミの言葉は子どものものそのものだった。
(あら? だったら、イザーがずっとそばにいて、私を助けてくれればいいんじゃない?)
 一瞬、イザーのシルエットが、鼻白むように後ずさったように見える。 
(どっちにしろ、イザーはずっと私の側にいなきゃ駄目よ)
 イザーは無言だ。
(さ、おしゃべりはもう終わり。ねぇ、理恵、私にあんたの身体をちょうだい)
「嫌よ!」
(もらうわよ。もう、決めたの)
 そう言うや、どす黒い煙のような影が、獰猛な獣のように飛びかかってきた。
 私は必死に針を構え、向かってくる影に突き立てた。
(チッ!)
 舌打ちしたような音が響く。
 影は別の方向に向かって飛ぶと、そこからまた私めがけて襲いかかってくる。私はそちらの方向へ針を向けた。武道の経験なんてまったくないけれど、それでも針の威力は凄まじく、それを向けるだけでミミは私に触れることはできないのだ。
(イザー! ぼーっとしてないで、手伝ってよ!)
 イザーは無言だ。
(何よ! もういいわよ! あんたなんてどうでもいいわ! 私一人でやるから) またもミミは襲いかかってくる。背中に汗が走ってシャツが湿るのを感じながら、私は必死に応戦した。煙のような身体に力いっぱい針を突き立てる。
(キャーッ!)
 実体のない身体でも痛みを感じるのか、ミミの悲鳴が室内に響く。
(よくもやったわね!)
 心臓がドキドキして割れそうだ。それでも歯を食いしばって針をかかげた。
(ゆるさないから!)
 
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