白薔薇黒薔薇

平坂 静音

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薔薇の庭 八

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「旦那様のご様子を確かめたら、すぐ戻ってまいります。そうしたら、今度はお嬢様がお見舞いに行けばいいのですよ」

「マルゴ、くれぐれも気をつけるんだよ」
 廊下に出たとたん、ベルトが溜息を吐いた。
「パリへはむかし奥様のお供で一回行ったきりだけれど……そりゃ、にぎやかな街だったね」
「ベルトもパリへ行ったことがあるの?」
「そのとき一回きりだよ」
 ベルトはますます不安そうな顔をした。
「ちゃんと、帰って来るんだよ、マルゴ」

 翌朝、マルゴは昨日と同じように下男に送ってもらい、アポリネール女史の住む部屋の前に立っていた。
「荷物はそれだけね。じゃ、行きましょう」
 下男に頼んで駅までは送ってもらい、彼にはそこで別れを告げる。マルゴが咄嗟にアポリネール女史のトランクを持とうとすると、彼女は静かに断った。
「私は自分の荷物は自分で持ちます」
「で、でも」
 彼女の使用人というかたちで同行するのだから、マルゴが持つべきだと思うのだが、女史の言葉は冷たいほどに淡々としている。今日も黒い薄手のコートに黒いスカートという装いの彼女は寡婦かふのようだ。ふとマルゴは、この人は幾つぐらいなのだろう、と気になった。三十過ぎぐらいに思っていたが、白い頬は二十代のように張りがある。
「あなたが男なら任せますが、あなたは女性で、あなた自身も荷物を持っています。パリまで常に持っているのは大変です。自分が持てる以上のものを持つべきではありません」
「はぁ……あの、」
 プラットフォームに立ち、汽車を待つ女史の冷ややかなほどに凛とした横顔を見上げながら、ついマルゴは言っていた。
「なんですか?」
「あの、わたしの名前はマルゴ……マルグリット・エロー。皆はマルゴと呼びます」
「……それが何か?」
 眼鏡の奥の瞳が怪訝そうにまたたく。
「名前で呼んでもらえないでしょうか?」
 一瞬、きょとん、としてから女史は笑った。もしかしたら初めて見る笑いかもしれない。
「そうですね。わかりました。では、あなたも私のことを名前で呼びなさい。私の名はヴァイオレットです」
 ヴァイオレット……すみれという意味の名をマルゴは口のなかで囁いた。
「汽車が来ました。さ、行きましょう」
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