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晩餐 六
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「まだ結婚する気がどうしても湧かないのです。どうか、僕との婚約をいったん解消してください」
「……他に好きな方ができたから?」
マルゴは思い切って訊いていた。自分でもふしぎだが、泣き出しそうになっていた。
フランソワは首を振る。
「ちがうんだ、クララ。いや、たしかに最初はそう思ったけれど、……これはすべて今の時代のせいなんだ」
何を言っているのよ、と怒鳴りつけたくなるのをクララであるマルゴは抑えた。こんなとき、本物のクララならどうするだろう。きっと気弱げに泣き出すだろう。マルゴは悲しげにうつむいてみせた。
フランソワはあわてた顔になった。
「クララ、子どものころ君と最初に会ったときは妹のように思っていた。その後、君がおくってくれた写真を見て、妹ではなく、女の子として本当に好きになった。その想いは真実だ」
マルゴは唇を噛みしめていた。胸がかすかに熱くなる。
「……でも、それなら、なぜ婚約破棄するというの?」
なるべく低い声で、囁くように言ってみる。首をすくめ、相手を見上げるようにして。
「それは……、こんなときに僕だけが幸せになるのが嫌なんだ。友人たちはパリを守るために戦った。なかには死んだ者もいる。逮捕された者もいる。それなのに、僕だけは何もせずのうのうと生きている。そんな自分が不甲斐なくて……。僕は駄目な男なんだ」
そう言って、今度はフランソワがうつむいてしまった。
つまり……、マルゴは考えてみた。
(フランソワは、クララが嫌いになっというわけじゃないのね。別の女が好きになったというわけでも……。ただ、今みたいな動乱の時代に何も出来ないまま親に言われるままに結婚する自分がもどかしいのね)
「まぁ、今日はややこしい話は止めて、久しぶりに会ったのだから、再会を祝しましょう。このワイン、美味しいわ。さ、フランソワ、あなたも」
そう言ってヴァイオレットが赤ワインの瓶をすすめる。今夜もヴァイオレットは黒のドレスだが、襟ぐりがかなり開いており、白い肌が黒いドレスに映えて、いつになく色っぽく見える。伊達眼鏡だったのか、この屋敷に来てからはヴァイオレットはあまり眼鏡をつけておらず、別人のように見える彼女を眩しげに見つめながら、フランソワはすすめられるままにワインを口にし、マルゴも飲んでみた。
「……他に好きな方ができたから?」
マルゴは思い切って訊いていた。自分でもふしぎだが、泣き出しそうになっていた。
フランソワは首を振る。
「ちがうんだ、クララ。いや、たしかに最初はそう思ったけれど、……これはすべて今の時代のせいなんだ」
何を言っているのよ、と怒鳴りつけたくなるのをクララであるマルゴは抑えた。こんなとき、本物のクララならどうするだろう。きっと気弱げに泣き出すだろう。マルゴは悲しげにうつむいてみせた。
フランソワはあわてた顔になった。
「クララ、子どものころ君と最初に会ったときは妹のように思っていた。その後、君がおくってくれた写真を見て、妹ではなく、女の子として本当に好きになった。その想いは真実だ」
マルゴは唇を噛みしめていた。胸がかすかに熱くなる。
「……でも、それなら、なぜ婚約破棄するというの?」
なるべく低い声で、囁くように言ってみる。首をすくめ、相手を見上げるようにして。
「それは……、こんなときに僕だけが幸せになるのが嫌なんだ。友人たちはパリを守るために戦った。なかには死んだ者もいる。逮捕された者もいる。それなのに、僕だけは何もせずのうのうと生きている。そんな自分が不甲斐なくて……。僕は駄目な男なんだ」
そう言って、今度はフランソワがうつむいてしまった。
つまり……、マルゴは考えてみた。
(フランソワは、クララが嫌いになっというわけじゃないのね。別の女が好きになったというわけでも……。ただ、今みたいな動乱の時代に何も出来ないまま親に言われるままに結婚する自分がもどかしいのね)
「まぁ、今日はややこしい話は止めて、久しぶりに会ったのだから、再会を祝しましょう。このワイン、美味しいわ。さ、フランソワ、あなたも」
そう言ってヴァイオレットが赤ワインの瓶をすすめる。今夜もヴァイオレットは黒のドレスだが、襟ぐりがかなり開いており、白い肌が黒いドレスに映えて、いつになく色っぽく見える。伊達眼鏡だったのか、この屋敷に来てからはヴァイオレットはあまり眼鏡をつけておらず、別人のように見える彼女を眩しげに見つめながら、フランソワはすすめられるままにワインを口にし、マルゴも飲んでみた。
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