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平坂 静音

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秘密の夜 一

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 ワインなどマルゴは滅多に飲んだことはない。初めて飲んだのは十三歳のときのクリスマスで、厨房で大人たちが飲んでいるのを相伴にあずかったときだ。以来、ときどきは安いワインをベルトが飲ませてくれるが、今口にしたワインは、さすがに客に出すものだけあって、そんな安物のワインとはくらべものにならないぐらい香が良く、マルゴはその味わいにうっとりとした。
 食欲がなさそうだったフランソワも若いだけあって、やはり食べ始めると、マリアの運んでくる料理をつぎからつぎへとたいらげ、デザートの果物や砂糖菓子まですっかり食べた。その様子をヴァイオレットはほほまし気に見つめている。

 食後のコーヒーの時間には空気はすっかりなごんで、フランソワは流行の歌などを口ずさんでマルゴを笑わせてくれたりした。二人とも少し酔っていた。
「ねぇ、クララ、君とはこれからもずっと友達として付き合っていきたいんだ。もう少し街が落ち着いたら、いろいろ案内してあげるよ。パリは本当ならこの時期は素晴らしいんだよ。花は咲き乱れて、劇場では有名女優が歌って……オペラやバレエも見に行こう。街の広場では芸人たちの歌や踊りが見れるよ」
「行きたいわ」
 マルゴの胸ははずむ。
「ああ、そろそろ帰らないと。おっと、」 
 立ち上がろうとしてフランソワはよろめいた。
「まぁ、飲み過ぎね。よかったら、別室で少し休んでは?」
 ヴァイオレットの勧めにフランソワは首を振る。
「いや、帰らないと」
 マルゴはこのときの微妙な空気にまだ気づいていなかった。
「危ないわ、そんな足取りでは。こっちへ、」
 すかさずヴァイオレットが彼を支え、マルゴに目配せしてきた。その目配せでやっとマルゴは気づいた。緊張のあまり背がこわばる。
「さ、こっちへ、こちらの部屋で休むといいわ」
 そう言ってフランソワを、あらかじめ決めていた客用寝室へみちびくヴァイオレットは妖しい魔女のようだ。もちろんマルゴは見たことはないが、高級娼婦のように魅惑的でどこか恐ろしくさえ見える。
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