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一章 第一部
一章 第一部 北北西へと向かって
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「えっと…… アヌビス…… これは……?」
おそるおそる首をうごかしながら僕はアヌビスに聞いた。
問題ない。包帯で止めただけなのに、つながっているときと大差なく動く。
「か、勘違いしないでくださいね! こ、ここから先は片手にそんな大きな荷物持ったままじゃ歩きづらいだろうと思ったから渡しただけです!」
きょとんとしている僕を見てどう思ったのか、謎のツンデレ口調とともにアヌビスはそっぽを向いた。
「……えっと…… こういう場合、ありがとうっていうのが普通だよな……?」
「なんで質問系なんですか…… まあ、どういたしまして」
何故かアヌビスとの会話がかみ合っていない気がする。
……よし。
「じゃあ、歩くか。日も落ちてくるだろうし」
「そ、そうですね……」
よく分からない空気は、なかったことにしてしまうのが一番だ。
僕は努めて元気よくそう言い、立ち上がろうとした。
「……? あれ?」
立ち上がれなかった。
「どうしたんですか? 時雨さん? 早く行きますよ?」
「いや…… 立てないんだよ…… 何でだろう……? さっきまでは普通に動けてたのに……」
腕などはかろうじて持ち上げられる。
しかし立ち上がることは絶望的だった。
上からしっかりと身体を押さえられている感じ。
言うなればこの鎧が……
「あ!」
「な、なんだよ急に……」
僕の様子を見て少し考え込むようにしていたアヌビスが突然何かを思いついたように声を上げた。
「そうです! 分かりましたよ時雨さん。その原因は…… 私がさっき巻いた包帯です!」
バン、という効果音がつきそうな程激しく指を振り下ろし、アヌビスは僕の首に巻かれている包帯をまっすぐに指さした。
「そんなことは検討ついてるよ…… そこじゃなくて、どういう原因で僕は立てなくなったんだ?」
「そんなの簡単なことですよ」
正直に疑問に思ったことを口に出す僕に対して、アヌビスは上から目線で僕のことを見下ろしてきた。……これ、二重表現になってないだろうか?
「時雨さんの身体が人間レベルにまで制限されたってことです」
「人間レベル? でもこの世界に人間はいないんじゃ……?」
「ああ、正確に言うとこの世界に人型の生物ですね。ま、どれを比べても…… デュラハンよりは明らかに弱いんですよ。もちろん、魔王とかの上位個体は別ですが」
そうなのか…… ってきりデュラハンってそこまで強くないイメージだったんだけど、これは認識を改める必要がありそうだ。
「じゃあ、この鎧は僕が感じていたよりもずっと重かったってことか?」
「そうなります。まあ、適当にかみついたくらいでは傷一つついていないようですし、結構いいものなんじゃないんですか?」
……人は失ってからそのものの本当の価値に気付くことがあるそうだが、僕の場合はまさにこれがそれのようだ。
今まで馬鹿にしててごめん、デュラハン。
「で? 僕はこれからどうしたらいいんだ? この首の包帯を外したら、元の力は戻るんだろ?」
「はい…… じゃあ、外しますか。ちょっとじっとしててください」
心なしか残念そうなアヌビス。
あれ? ちょっと心が痛んだぞ?
もうちょっと別の言い方をしても良かったんじゃ……?
「いや! 別にそうじゃない! 僕が鎧を脱げばいいだけの話だろ! 包帯はこのままでいい!」
僕は慌ててそう言い、鎧を脱ごうと努力する。
だが、どう身体を動かしても鎧は、僕の体にぴったりと張り付いていた。
「……なあ、アヌビス、この鎧、どうやったら脱げるんだ……?」
いきなりの僕の台詞にきょとんとしていたアヌビスに、僕はそう聞くことしかできなかった。
「あっははははは! 時雨さん! あれだけの啖呵を切っておいて脱ぎ方を私に教わるなんてっ! ぷふっ、ははははは!」
アヌビスは笑っていた。
アヌビスのレクチャーによってどうにか鎧を脱ぐことができた僕を見て、笑っていた。
ちなみに僕は汗だくだ。
鎧を脱ぐという行為がこんなにも体力を消耗するとは思わなかった。
しかし、鎧は脱いだが、僕は裸じゃない。
アヌビスの持ってきていた風呂敷に入っていた服を貸してもらったのだ。
アヌビスの風呂敷には本当に何でも入っている。
僕の鎧も、そこにしまわれた。
「ふふっ…… ああおかしい…… ま、いいでしょう。どんな理由であれ、自分の渡したものが目の前で捨てられるのを見て気分がいいと言える人はいないですからね」
いや…… 捨てるつもりはなかったのだが……
「じゃ、行きましょうか、かなり疲れているみたいですが、頑張ってくださいね!」
「……分かったよ」
とびきりの笑顔でそう言われてしまった僕は、頷きながら立ち上がった。
太陽は地平線に隠れ半分ほどの大きさになっており、いい感じに空気が冷えてきた。
ま、ここから夜通し歩く身としては悪くない環境だ。
ふと上空を見上げると、大きくて明るい月が輝いていた。
ちなみにまだ満月ではない。
「では、北北西へ向かって!」
「ああ!」
元気よく言うアヌビスに向かってこちらも元気よく返事をした。
そして僕たちは、歩き始める。
北北西へと向かって。
おそるおそる首をうごかしながら僕はアヌビスに聞いた。
問題ない。包帯で止めただけなのに、つながっているときと大差なく動く。
「か、勘違いしないでくださいね! こ、ここから先は片手にそんな大きな荷物持ったままじゃ歩きづらいだろうと思ったから渡しただけです!」
きょとんとしている僕を見てどう思ったのか、謎のツンデレ口調とともにアヌビスはそっぽを向いた。
「……えっと…… こういう場合、ありがとうっていうのが普通だよな……?」
「なんで質問系なんですか…… まあ、どういたしまして」
何故かアヌビスとの会話がかみ合っていない気がする。
……よし。
「じゃあ、歩くか。日も落ちてくるだろうし」
「そ、そうですね……」
よく分からない空気は、なかったことにしてしまうのが一番だ。
僕は努めて元気よくそう言い、立ち上がろうとした。
「……? あれ?」
立ち上がれなかった。
「どうしたんですか? 時雨さん? 早く行きますよ?」
「いや…… 立てないんだよ…… 何でだろう……? さっきまでは普通に動けてたのに……」
腕などはかろうじて持ち上げられる。
しかし立ち上がることは絶望的だった。
上からしっかりと身体を押さえられている感じ。
言うなればこの鎧が……
「あ!」
「な、なんだよ急に……」
僕の様子を見て少し考え込むようにしていたアヌビスが突然何かを思いついたように声を上げた。
「そうです! 分かりましたよ時雨さん。その原因は…… 私がさっき巻いた包帯です!」
バン、という効果音がつきそうな程激しく指を振り下ろし、アヌビスは僕の首に巻かれている包帯をまっすぐに指さした。
「そんなことは検討ついてるよ…… そこじゃなくて、どういう原因で僕は立てなくなったんだ?」
「そんなの簡単なことですよ」
正直に疑問に思ったことを口に出す僕に対して、アヌビスは上から目線で僕のことを見下ろしてきた。……これ、二重表現になってないだろうか?
「時雨さんの身体が人間レベルにまで制限されたってことです」
「人間レベル? でもこの世界に人間はいないんじゃ……?」
「ああ、正確に言うとこの世界に人型の生物ですね。ま、どれを比べても…… デュラハンよりは明らかに弱いんですよ。もちろん、魔王とかの上位個体は別ですが」
そうなのか…… ってきりデュラハンってそこまで強くないイメージだったんだけど、これは認識を改める必要がありそうだ。
「じゃあ、この鎧は僕が感じていたよりもずっと重かったってことか?」
「そうなります。まあ、適当にかみついたくらいでは傷一つついていないようですし、結構いいものなんじゃないんですか?」
……人は失ってからそのものの本当の価値に気付くことがあるそうだが、僕の場合はまさにこれがそれのようだ。
今まで馬鹿にしててごめん、デュラハン。
「で? 僕はこれからどうしたらいいんだ? この首の包帯を外したら、元の力は戻るんだろ?」
「はい…… じゃあ、外しますか。ちょっとじっとしててください」
心なしか残念そうなアヌビス。
あれ? ちょっと心が痛んだぞ?
もうちょっと別の言い方をしても良かったんじゃ……?
「いや! 別にそうじゃない! 僕が鎧を脱げばいいだけの話だろ! 包帯はこのままでいい!」
僕は慌ててそう言い、鎧を脱ごうと努力する。
だが、どう身体を動かしても鎧は、僕の体にぴったりと張り付いていた。
「……なあ、アヌビス、この鎧、どうやったら脱げるんだ……?」
いきなりの僕の台詞にきょとんとしていたアヌビスに、僕はそう聞くことしかできなかった。
「あっははははは! 時雨さん! あれだけの啖呵を切っておいて脱ぎ方を私に教わるなんてっ! ぷふっ、ははははは!」
アヌビスは笑っていた。
アヌビスのレクチャーによってどうにか鎧を脱ぐことができた僕を見て、笑っていた。
ちなみに僕は汗だくだ。
鎧を脱ぐという行為がこんなにも体力を消耗するとは思わなかった。
しかし、鎧は脱いだが、僕は裸じゃない。
アヌビスの持ってきていた風呂敷に入っていた服を貸してもらったのだ。
アヌビスの風呂敷には本当に何でも入っている。
僕の鎧も、そこにしまわれた。
「ふふっ…… ああおかしい…… ま、いいでしょう。どんな理由であれ、自分の渡したものが目の前で捨てられるのを見て気分がいいと言える人はいないですからね」
いや…… 捨てるつもりはなかったのだが……
「じゃ、行きましょうか、かなり疲れているみたいですが、頑張ってくださいね!」
「……分かったよ」
とびきりの笑顔でそう言われてしまった僕は、頷きながら立ち上がった。
太陽は地平線に隠れ半分ほどの大きさになっており、いい感じに空気が冷えてきた。
ま、ここから夜通し歩く身としては悪くない環境だ。
ふと上空を見上げると、大きくて明るい月が輝いていた。
ちなみにまだ満月ではない。
「では、北北西へ向かって!」
「ああ!」
元気よく言うアヌビスに向かってこちらも元気よく返事をした。
そして僕たちは、歩き始める。
北北西へと向かって。
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