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彼の横顔 …8
しおりを挟む「寧々…
ケガは…? 目は…? 治ったか?」
幹太の言葉に、私は息を飲んだ。
幹太は知ってるの?
「幹太… 知ってたんだ… 私のケガの事」
私は瞬きもせずに幹太を見た。私だけがきっと何も知らない。この歳にもなって何も知らないのはやっぱり不憫だしあり得ない。
「いいから…
ケガは? 目は?
寧々、教えてほしいんだ…」
幹太は見た事がないほどの厳しい顔になっている。怒りなのか憎しみなのか、負の感情が幹太を支配しているように。
私は自分にも幹太にも気休めになるように、無理して微笑んだ。
幹太はそんな私を見て泣きそうになっている。
「目は…
左目が視力がなくなった…
でも、お母さんに言わせれば、私の命があっただけでも良かったって。
私自身、事故の詳細は何も知らないけど、でも、左目だけで済んで良かったって」
ダメだ、泣きそうになる…
幹太の切なそうな瞳に何だか心を見透かされているみたいで。
私のやせ我慢で意地っ張りなガラス細工のような心の中身が、きっともうバレている。
「どれくらい、見えないんだ…?」
幹太も必死に声を出している。きっと幹太にとっても衝撃的なのだろう。
「光がぼんやり分かる程度…
めちゃくちゃ天気のいい日は、何となく色も分かるかな…
人とか物体とかは、左目だけじゃ何も認識できないけど、でも、真っ暗じゃないよ。
夜は真っ暗だけど、昼間はちゃんと明るいから」
私は目の前に座る幹太の顔をそっと見つめた。
幹太の表情に、同情や憐れみが浮かぶのが怖かったけれど、でも、それでも目は逸らさなかった。
私の予想は外れ、幹太はテーブルの上で拳を握り、わなわな震えていた。
目には大きな涙の粒が溢れては落ちている。
「…幹太? 大丈夫?」
幹太は何も言わない。ただ一点を見つめ、何に怒っているのか眉間に皺をよせ、険しい顔で泣いていた。
幹太は何かを知っている。知っているからこそ、声を殺して歯を食いしばって泣いているのだろう。
私はそんな幹太を慰めたくて、幹太の握りしめている右手を優しく両手で包み込んだ。
幹太はそれでも顔を上げない。
私はそのギュッと握られた幹太の手の指を、一つ一つ解いていく。
「幹太…、泣かないで…
左目は失ったけど、右目はちゃんと見えている。
何も困る事なんかない、こうやって、久しぶりに再会した幹太の大人になった顔だって、ちゃんと認識できてるんだから」
幹太はそう言う私の手を振り払い、席を立った。
「寧々、ごめん… トイレはどこ?」
私は慌ててトイレの場所を説明して、その方向へ歩いて行く幹太の後ろ姿をぼんやりと見ていた。
私を大切に想ってくれている人達は、幹太を含め必ず私の告白の後に皆涙を流す。
でも、幹太の苦しそうな涙は意外だった。あの表情に憐れみや同情はなく、何へ対してなのかは分からないが、怒りや苦しみしか感じなかった。
私はそんな幹太のために、貰い物の苺を洗い透明なお皿に並べた。私の好物の練乳をかけ、幹太の座るテーブルの上へ置く。
幹太はしばらく戻って来なかった。
トイレに入ったのは確かで、でも、水の流れる音も何もしない。
私は心配になり、廊下の方を覗いて見た。すると、私に反応した感知センサーが廊下を明るく照らし出す。
ちょうど廊下を歩いていた幹太は私を見つけ、いつもの笑みを浮かべてくれた。
その笑顔にホッとした私は、幹太の方へ歩み寄った。
「具合でも悪くなっちゃった?」
私がそう声をかけた途端、幹太は私の右手を取り力強く抱き寄せた。
大きな幹太の体にすっぽり包み込まれた私は、驚きと戸惑いで何も声が出ない。
幹太は私の首元に顔をうずめ、何度も小さく深呼吸をしている。
小学生の頃の幹太も包容力があっていつも守られている気持ちになっていたけれど、大人になった幹太の胸の中は素直になれない私を優しく包み込み、癒しの雨を降らせてくれる。
幹太の匂い…
私は懐かしい感覚に身を委ね、幹太という繭の中に自分の居場所を見つけたみたいなそんな気持ちになっていた。
「寧々… 俺は…
あの日の出来事を、全部知ってる…
でも、寧々はどうしたい…?
寧々のお母さんがいうように、自然と記憶が戻る時まで待つのなら、俺もそれに任せるよ。
寧々が決めてくれ…」
幹太はこの事で胸を痛めていたに違いない。
私が何も知らな過ぎるこの異常な状況に、幹太はきっと戸惑っている。
私はさりげなく幹太の腰に手を回した。そして、私なりに幹太を抱きしめた。
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