9 / 69
彼の横顔 …7
しおりを挟む「幹太、ありがとう…」
その一言を言うのがやっとだった。
でも、幹太はすぐに悪戯っ子のような笑みを浮かべて、玄関の方へ目を向ける。
「寧々、コーヒーか、お茶か、飲みたいな~」
私は涙を拭いて、肩をすくめて笑った。
「いいよ。じゃ、美味しいコーヒーを淹れてあげる」
私はそう言って門扉を開けようとした途端、思っていた以上の暗闇に段差を踏み外してしまった。前のめりに転びそうになった時、幹太の手が私の体を支える。
「寧々、気を付けて」
私はまた違った意味で泣きそうになった。
幹太が私に愛の告白をしてくれたのなら、私だって幹太に何もかも隠さずに本当の事を話さなければいけない。
こういう風に生活に支障をきたす事を、そして、夜の闇が怖い理由を。
門扉を開けると、すぐに自動センサーで照明がつくようになっている。それもかなり強めの明るさで。私はバッグから鍵を取り出しスムーズに玄関のドアを開けると、また自動センサーで玄関と玄関から伸びる廊下の明かりがついた。
それは、私の事を心配した両親が少しだけこの家をリフォームしたせいだ。廊下や階段には、左側の壁に手すりが付いている。
「幹太、どうぞ」
私は幹太にそう言うと、無意識に手すりを握っていた。夜が怖いんだからしょうがないと思いつつ、今夜、幹太にちゃんと告白する事を心に誓った。
「お邪魔します」
幹太は家に入ると、すぐに私の後ろを付いてきた。きっと、一人暮らしも心配なのだろう。幹太は私に関しては異常なほどの過保護だから。
幹太をソファに座らせると、私はスマホから音楽を選び、それをオーディオにセットした。家ではあまりテレビを観ない私は、つい習慣で音楽をかけたけれど、幹太はテレビが見たいのかもしれない。
「幹太、好きにしていいからね。テレビつけてもいいし…」
幹太は親指を立て了解と言った。
私はお気に入りのコーヒーを淹れて、幹太の待つテーブルにそれを運ぶ。L字になったソファセットは二人には広すぎて、幹太はコーヒーを持って小さな丸テーブルに座った。私もそのテーブルに移動する。
幹太はコーヒーを一口飲み、大きく息を吐いた。
「なんか胸一杯で、話したい事も山ほどあるんだけど、そんなのどうでもよくなってきた。
寧々がこうやって俺の近くにいてくれる奇跡に、神様に何度お礼を言っても足りないぐらいだよ」
幹太の言葉の一つ一つが私の胸をときめかす。
でも、私の頭の中では、幹太に何をどう話すべきかそればかりがひしめき合っていた。
「幹太…
私も話したい事が山ほどあって…
私は聞いてもらいたい。聞いてもらうっていうより、私の今を分かってもらいたい」
私の心臓は緊張で暴れ始める。
本当の事を言って、幹太の態度が変わってしまったら?
今までだってこんなシチュエーションは何度かあった。大抵の人は驚き一瞬ひるむ。離れていった人だって、今まで何人もいた。
私は作り笑顔を見せて、小さく深呼吸をする。
幹太にちゃんと愛されたいなら、真実は伝えなきゃダメ…
幹太は優しく私を見つめている。その優しさにまた涙が出てきそう。
「私、実はね…
あの事故の事を何も覚えてなくて…
風尾小学校の五年生に上がったばかりの時の出来事。
私が大けがをしたあの日の事…」
幹太の目が泳ぎ出した。そうだよね、幹太は全部を知っている。私がどうやって事故にあったなんて、風の噂で子供の幹太の耳にも入っているはずだから。
「記憶がポンと抜けてるっていうか、事故にあった前後を覚えてなくて…
思い出さない私に気を遣って、この歳になるまで誰も私に何があったかを教えてくれてないんだ。
だから、何も知らないの…
お母さんは、自分の中で記憶が動き出すまでは待ちなさいって。
思い出せる時がきた時には、ちゃんと記憶は戻ってくるって」
私は何だか怖くてずっと下を向いていた。私の消えてしまった記憶は、一体いつ顔を出すのか全く分からない。
幹太というあの頃の友達とこんな話をしている私に、そのエックスデーは今訪れてもおかしくなかった。
「何も覚えてないの…?」
多分、きっと、幹太は私をずっと見つめている。
幹太がどんな顔をしているのか、私にとってはそれを知るのも怖かった。
「うん、覚えてない…
あの日、何をしていたのかも、誰と遊んでいたのかも、それか一人でどこかで転んだのかも、何も覚えてない。
私の記憶は東京の病院に入院してるあたりから始まるの。
それもぼんやりと…
多分、私は大けがをして、そのまま東京の病院に転院して、そのまま転校という形でここに越して来た。
多分…
あの頃の友達にさようならも何も言ってない」
私は勇気を振り絞って上目遣いで幹太を見た。
幹太は歯を食いしばって、テーブルの何か一点を睨んでいる。
0
あなたにおすすめの小説
本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います
<子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。>
両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。
※ 本編完結済。他視点での話、継続中。
※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています
※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります
結婚相手は、初恋相手~一途な恋の手ほどき~
馬村 はくあ
ライト文芸
「久しぶりだね、ちとせちゃん」
入社した会社の社長に
息子と結婚するように言われて
「ま、なぶくん……」
指示された家で出迎えてくれたのは
ずっとずっと好きだった初恋相手だった。
◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
ちょっぴり照れ屋な新人保険師
鈴野 ちとせ -Chitose Suzuno-
×
俺様なイケメン副社長
遊佐 学 -Manabu Yusa-
◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
「これからよろくね、ちとせ」
ずっと人生を諦めてたちとせにとって
これは好きな人と幸せになれる
大大大チャンス到来!
「結婚したい人ができたら、いつでも離婚してあげるから」
この先には幸せな未来しかないと思っていたのに。
「感謝してるよ、ちとせのおかげで俺の将来も安泰だ」
自分の立場しか考えてなくて
いつだってそこに愛はないんだと
覚悟して臨んだ結婚生活
「お前の頭にあいつがいるのが、ムカつく」
「あいつと仲良くするのはやめろ」
「違わねぇんだよ。俺のことだけ見てろよ」
好きじゃないって言うくせに
いつだって、強引で、惑わせてくる。
「かわいい、ちとせ」
溺れる日はすぐそこかもしれない
◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
俺様なイケメン副社長と
そんな彼がずっとすきなウブな女の子
愛が本物になる日は……
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~
深冬 芽以
恋愛
交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。
2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。
愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。
「その時計、気に入ってるのね」
「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」
『お揃いで』ね?
夫は知らない。
私が知っていることを。
結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?
私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?
今も私を好きですか?
後悔していませんか?
私は今もあなたが好きです。
だから、ずっと、後悔しているの……。
妻になり、強くなった。
母になり、逞しくなった。
だけど、傷つかないわけじゃない。
幸せの見つけ方〜幼馴染は御曹司〜
葉月 まい
恋愛
近すぎて遠い存在
一緒にいるのに 言えない言葉
すれ違い、通り過ぎる二人の想いは
いつか重なるのだろうか…
心に秘めた想いを
いつか伝えてもいいのだろうか…
遠回りする幼馴染二人の恋の行方は?
幼い頃からいつも一緒にいた
幼馴染の朱里と瑛。
瑛は自分の辛い境遇に巻き込むまいと、
朱里を遠ざけようとする。
そうとは知らず、朱里は寂しさを抱えて…
・*:.。. ♡ 登場人物 ♡.。.:*・
栗田 朱里(21歳)… 大学生
桐生 瑛(21歳)… 大学生
桐生ホールディングス 御曹司
☘ 注意する都度何もない考え過ぎだと言い張る夫、なのに結局薬局疚しさ満杯だったじゃんか~ Bakayarou-
設楽理沙
ライト文芸
☘ 2025.12.18 文字数 70,089 累計ポイント 677,945 pt
夫が同じ社内の女性と度々仕事絡みで一緒に外回りや
出張に行くようになって……あまりいい気はしないから
やめてほしいってお願いしたのに、何度も……。❀
気にし過ぎだと一笑に伏された。
それなのに蓋を開けてみれば、何のことはない
言わんこっちゃないという結果になっていて
私は逃走したよ……。
あぁ~あたし、どうなっちゃうのかしらン?
ぜんぜん明るい未来が見えないよ。。・゜・(ノε`)・゜・。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
初回公開日時 2019.01.25 22:29
初回完結日時 2019.08.16 21:21
再連載 2024.6.26~2024.7.31 完結
❦イラストは有償画像になります。
2024.7 加筆修正(eb)したものを再掲載
✿ 私は彼のことが好きなのに、彼は私なんかよりずっと若くてきれいでスタイルの良い女が好きらしい
設楽理沙
ライト文芸
累計ポイント110万ポイント超えました。皆さま、ありがとうございます。❀
結婚後、2か月足らずで夫の心変わりを知ることに。
結婚前から他の女性と付き合っていたんだって。
それならそうと、ちゃんと話してくれていれば、結婚なんて
しなかった。
呆れた私はすぐに家を出て自立の道を探すことにした。
それなのに、私と別れたくないなんて信じられない
世迷言を言ってくる夫。
だめだめ、信用できないからね~。
さようなら。
*******.✿..✿.*******
◇|日比野滉星《ひびのこうせい》32才 会社員
◇ 日比野ひまり 32才
◇ 石田唯 29才 滉星の同僚
◇新堂冬也 25才 ひまりの転職先の先輩(鉄道会社)
2025.4.11 完結 25649字
Short stories
美希みなみ
恋愛
「咲き誇る花のように恋したい」幼馴染の光輝の事がずっと好きな麻衣だったが、光輝は麻衣の妹の結衣と付き合っている。その事実に、麻衣はいつも笑顔で自分の思いを封じ込めてきたけど……?
切なくて、泣ける短編です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる