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彼の横顔 …9
しおりを挟む「幹太、ごめんね…
幹太はきっと苦しいと思うけど、でも、まだ全てを知るのは怖い気がして。
小さい時から、お母さんが言うように、自然のままでいいって、そんな風に思って大きくなった。
でも、十何年が経った今でも、まだ何も思い出せなくて、でも、今度は逆に思い出さなくてもいいのかな、なんて思ってる自分もいて。
自分の力に任せてみていい?
自分のタイミングで、自分の意思で、思い出す時まで待ってもらって…」
幹太は返事の代わりに、更に私を力強く抱きしめた。
幹太の中でどういう思いが渦まいているのか私には推し量れないけれど、でも、この腕の力は、私の思いを尊重してくれている。
「……寧々、でも、一つだけこれは約束するよ。
寧々のその記憶が戻る時がやって来るその日その時に、必ず、俺が近くにいるから。
だから、安心してこれからの時間を過ごしてほしい」
私は幹太の言葉にまた胸が震えた。
でも、その言葉の意味が私の中ではまだ曖昧で、少しだけ首を傾げた。
「幹太がそこまで気負わなくても大丈夫だよ。
だって、それは私自身の問題だから、幹太が気にする事じゃない。
…でも、気持ちは嬉しい、本当にありがとね」
私は幹太の胸の中の居心地が良すぎて、すっかり苺の事を忘れていた。
「あ、そうだった。苺があるんだった」
幹太の腕の中からするりと抜け出した私は、幹太の手を引いてまたリビングに戻る。
幹太は黙ったまま私に手を引かれ、また元の椅子に座った。そして、目の前にある真っ赤な苺を見て頬を緩める。
「ちょっと練乳、かけ過ぎたかも…
でも、幹太は甘い物が大好きだったよね? あ、でも、小学生の時だけど」
幹太は一番大きな苺にブスっとフォークを突き刺して、あっという間に口に放り込んだ。そして、その動きをジッと見ている私を見て、最高の笑みでウィンクをしてくれた。
その幹太の笑顔が最高に可愛くて、私も嬉しくて笑った。
昨日までの一人の生活が嘘のように、この一人で住むには大き過ぎる実家に、幹太はときめきと温かみを運んでくれる。
「寧々、明日は? 明日も会える?
一人暮らしに足りない物を買い物に行きたいんだけど、付き合ってくれるかな?」
私は明日という単語を聞いて、麻生さんの事を思い出した。
さっき、区役所を出る時に、スマホの音を消したのを忘れていた。きっと、麻生さんから着信が入っているに違いない。
私は苺を食べるのを止め、キッチンに置いているバッグからスマホを取り出した。
あ~、やっぱり、何件も着信が入っている。
正直過ぎる私は、幹太にその状況を説明する事にした。
「幹太… ごめんね、明日は用事が入ってて…
区役所の友達と映画に行く予定が入ってるんだ。
あ~、ヤバい、スマホにたくさん着信が入ってる」
私はひとり言のように呟いてスマホを見ていると、幹太が「ねえ」と私に声をかけた。
「ねえ、その映画に行く相手は男?」
私は何となくまずい雰囲気に気付き、幹太をそっと見た。幹太の顔は明らかに不機嫌になっている。私は小さくため息をついた。
「…うん、区役所の男性」
さっきまで私の左目の事を思い涙を流していた心優しい幹太は、もうここにはいない。
「そいつとつき合ってるの?」
私は幹太の顔が見れない。幹太の怒った顔は小学生の頃と同じ顔だったから。あの頃も、私が他の男子と仲良く話していると、わざと邪魔しに来てたっけ。
「つき合ってはない… けど、仲はいいかな」
幹太の事はよく知っている。あの頃の話だけど、幹太は私が他の男子と話すのを見るだけで、ストレスで蕁麻疹が出ると言っていた。あの頃の話だけど…
でも、私だって、こんな風に幹太と再会する事が分かっていれば、週末に予定なんて入れなかった。麻生さんといるより、幹太と一緒に居たいから。
幹太はイライラを鎮めるために、残っていたコーヒーを一気に飲み干した。
「あ~、ヤバいな、俺…
マジ、子供の頃のまんまだわ」
幹太のその言葉に私はクスッと笑った。
「あ、でも、その人に相談してみる。
小学校の時の友達が近くに越してきて、引っ越しの手伝いが急に入ったって。
ちょっと、今から電話してもいい?」
「あ、電話? いいよ」
私は幹太に私の事情を話さなきゃと思った。私流のスマホの使い方を。
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