君の左目

便葉

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彼の横顔 …10

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「幹太…
私ね、スマホは、ほとんど通話専用に使ってるんだ。
私は右目を大切にしなくちゃいけなくて、本を読む事も、パソコンも、もちろんスマホの小さな文字を見る事も、できるだけ最小限にしてる。
だから、LINEやメールは職場の連絡網の時しか使ってない。

これから幹太とお友達として付き合っていきたいから、私流のスマホの使い方を分かってもらいたくて、ごめんね…」

幹太は納得したように頷いて、私の目を見て小さな声でごめんと言った。私は、首を振りながら、麻生さんに電話をかけようとした。

「寧々、ちょっと待って」

私が驚いてスマホを置くと、幹太は自分の上着を持って立ち上がった。

「もう時間も遅いから、俺、帰るわ…
今、帰らなきゃ、帰りたくなくなりそうだからさ。
だから、電話は俺が帰った後に、ゆっくりすればいいよ」

玄関に向かって歩いて行く幹太を、私は急いで追いかけた。帰るという一言がこんなに私の心を寂しくさせるなんて、私はやっぱり幹太の魔法にかかっている。

「幹太… 怒ってないよね?」

怒ってはないと思うけれど、私は聞かずにいられなかった。
またここに遊びに来てほしいし、また会いたいから、じゃあねでこれっきりだなんて、嫌だし立ち直れない。

「怒ってないか?って聞かれれば、怒ってる。自分自身にね…」

玄関に下りて靴を履く幹太は、後ろを向いたままそう答えた。
幹太はやっと振り返り、立ち尽くす私をジッと見た。その目は何かを決意したように力強くでも優しく、私の心を鷲掴みにする。

「寧々…
その男に明日のデートを断るんなら、本当の理由をちゃんと伝えて。
彼氏ができたって。ううん、恋人ができたって。
寧々、俺達、今日からつき合おう。
あの時、寧々のケガと転校がなかったら、俺達はもっと早くつき合ってた。
多分、今頃は結婚して、子供なんかもいたかもしれない。

寧々、俺は、寧々の側にずっといたい…
久しぶりに会って、寧々は俺のものだって確信したんだ。
寧々を死ぬまで守りたいって…」

私は嬉しくて、でも不安もつきまとって、最低な事を口走った。

「幹太…
私は昔の寧々じゃないよ…
もちろん、左目が見えないし、性格だって前みたいに素直じゃない。
ひねくれ者で意地っ張りで、いつもおどおどしてて、あの頃みたいな天真爛漫さなんてこれっぽっちもない。

幹太があの頃の私を思い描いているのなら、それはきっと無理だと思う。

私は… すごく変わったから…」

私は、自分で言いながら自分が情けなくなった。
何で素直に私もつき合いたいって言えないのかな…
でも、それはきっと仕方のない事。今の私は、今の自分に全く自信がないから。

「そんなのお互い様だよ。
俺だって、子供の頃のようじゃない。
寧々に隠している事もいっぱいあるし、多分寧々以上にビクビクして生きてる。
寧々が転校して15年も経ってるんだ。変わってる事が普通だよ…」

幹太はそう言いながら、また伏し目がちにどこか一点を見つめている。そんな幹太の表情が何故だか私の心をざわつかせた。

「俺も…
今の俺を寧々に知ってもらいたいって、思ってる。

寧々が変わったとかそんな事どうでもいいんだ…
今、こうやって、寧々と再会できた事が、俺には意味がある」

幹太はまだ続きそうな話を自分で途中で中断した。今、私の目に映る幹太は、確かにあの頃の幹太とは別人だ。険しい視線の先に何が見えているのか、幹太は何だか苦しんでいるように見えてその眼差しが私の心をざわつかせている。

「寧々…
明日はその彼と映画に行っていいから。
俺がこの街に来た事で、寧々の日常が乱れるのはやっぱりどうかと思うし、寧々も俺の事をもう一度冷静に考えてほしい。

ま、でも、俺とつき合いたくないっていうのは、選択肢には無いから、そこはよろしくな」

やっと、幹太にいつもの笑顔が戻った。
そして、私は幹太の目を見てちゃんと頷いた。明日、麻生さんと会うのなら、もうこういうお付き合いは止めようとしっかりと伝えたい。だって、私の中には、始めから選択する事柄は何もない。
幹太と一緒に居たい… その想いだけで胸が張り裂けそうだから。

幹太は何かを思い出したようなハッとした顔をして、慌ててバッグからペンとメモを取り出した。そこに幹太のスマホの番号を書いている。それを見て私も慌ててメモを探していると、幹太がいいからと手で制した。

「今日、寧々が寝る前におやすみの電話をして。待ってるから」

今の幹太の眼差しは優しさで満ち溢れている。幹太のその言葉には、私を心配する気持ちと、私を愛している気持ちがストレートに込められていた。

私は嬉しくて、そして切なくて、また訳の分からない涙が溢れ出す。今日、久しぶりに会った幹太が愛おしくてたまらない。
幹太は笑いながら、私の涙を親指でぬぐってくれた。

「キスしたいけど… 今日はしない…
キスしたら、多分、帰れなくなるから」

幹太はそう言って、何度も私の方を振り返りながら帰って行った。

今日のこの日は、私達二人の記念日となった。寧々と幹太の再会記念日…
私達はお互いを愛し過ぎて、求め過ぎて、ねじれた運命の糸を、きっとねじれたまま手繰り寄せたに違いない。
でも、どんなに怖い荒波が襲ってきても、私には幹太さえいればいい。
幹太を愛している… 子供の頃からずっと変わらずに…
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