君の左目

便葉

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彼の時間 …6

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「ちょっと、水、飲んでくる」

「うん」

私はさほど幹太の表情の変化を気にする事もなく、幹太の後ろ姿を目で追った。
私は漠然と幹太との結婚を考える。もう、25歳を過ぎた今、幹太とのこの再会は結婚を意味していると思っていた。
いや、幹太と結婚したい… 
幹太の布団の上で幹太の匂いに包まれながら、私は自分の未来に一筋の明かりを灯した。
私はまた横になった。幹太の布団は本当に気持ちいい。私がまったりとまどろんでいると、水の入ったペットボトルを右手に持った幹太が戻ってきた。

「飲む?」

「うん」

私は幹太からペットボトルを受け取ると、布団の上でごくごくと水を飲んだ。
私の真面目な人生で、こんな風に布団の上でペットボトルの水をごくごく飲む事なんてなかった。それも下着姿のままで…

私は飲み終わったペットボトルを幹太に渡すと、ちょっと恥ずかしくなってまた布団にもぐり込んだ。そんな私を見て、幹太も布団にもぐり込む。
私は、あっという間に、後ろ向きで幹太の胸に抱かれていた。
幹太は力強く私を引き寄せると、私の耳元で小さくため息をつく。

「寧々… あのさ…」

私の背中越しで話をする幹太の表情は全く見えない。でも、きっと、たまに見せる苦悩に満ちた顔に違いなかった。

「寧々のご両親になんだけどさ…
まだ、俺の事、黙っててほしいんだ。
寧々の家の人達にとって、きっと、あの街はいい思い出はないはずだから。
あの頃の人達にもう会いたくないって思ってるかもしれない。

だから、ちゃんと時期を見計らって、俺の方から挨拶に行くから…
それまでは、寧々の方からは何も言わないでほしい」

私は幹太の腕の中でくるりと動いて、幹太の胸に顔を埋めた。

「うん、分かった…
私からは何も言わない…
幹太の好きなタイミングで、お母さん達に言ってくれればそれでいいよ」

私はそう言いながら、幹太の言う事に一理あると納得していた。確かに、私の父も母もそれに弟まで、あの街の事は一切話さない。よくよく考えてみれば、あの頃にたくさん撮った写真の数々も納戸の奥に仕舞い込んだままだ。
幹太が言うように、父も母もそして弟も、あの頃の思い出は、私の事故の記憶と共にどこかに葬り去ったのかもしれない。

でも、今の私にとって、そんな事どうでもよかった。
こうやって、幹太は私の事を愛してくれて、私も幹太の事を愛している。
それだけでいい。過去や未来に振り回される事なく、私達はまた再び出会ったのだから。

「それで… 今日は、泊まっていいの?」

私は変なところで鈍い幹太に業を煮やして、自分の方からそう聞いてみた。
私のその意外な言葉に驚いた幹太は、返事の代わりに私をギュっと抱きしめる。

「当たり前じゃん。
明日は日曜日だし、俺も寧々と離れたくない」

人間の縁というものは不思議なものだと、幹太の腕の中でそんな事を思った。
十数年ぶりに会った子供の頃の友達と、たったの二日でこんなにも深く愛し合っている。

一世一代とか最初で最後とか、たった一人の運命の人を意味する言葉はたくさんあるけれど、そんな事が本当にあるんだと今は身をもって感じている。

私の人生に幹太がいて初めて幸せと思える事を、今のこの歳で気付く事ができて本当によかった。

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