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彼の時間 …5
しおりを挟む「うん、伝えた」
「何て?」
幹太の焼きもち焼きは、今も変わらず健在だ。
「うん、その人って本当に穏やかでいい人で、分かったって言ってくれた」
そう言った私は、すぐに後悔した。穏やかでいい人で、が余計だったかもしれない。だって、幹太の顔が穏やかじゃなくなったから。
「他は?」
「他?」
私は子供の頃の記憶が、また蘇ってくる。楽しかった思い出は、ちゃんと私の頭の中に残っているみたい。
「何だか、子供の時にもこういうシチュエーションがあったような気がする」
私を見つめていた幹太は、窓の向こうに目を逸らした。
「あ~、あったかもしれない、でも、いっぱいあり過ぎて逆に覚えてないよ」
私も持っていたマグカップをテーブルに置いた。そして、目を逸らしている幹太の顔を私の方へ向ける。
「四年生最後の遠足の時、バスで私の隣にクラス委員長の大迫君が座った時」
「あ~、それね… 何だったっけ?」
幹太を見ているのは本当に楽しい。自分に都合が悪くなったら、すぐに目を逸らして覚えてないふりをする。
「好きって言われただろ?って、しつこく聞かれた」
幹太はしばらく考えるふりをした。確かに幹太の言う通り、そういう事はたくさんあったから。
「あ~、それね。
だって、大迫は寧々の事が好きだった。
寧々がバスで隣になって夜も眠れないって言ってたから」
「でも、何も言われなかった。
そう言うのに幹太は勝手に好きって言われたって思い込んでた」
私の頭の中は、あの頃の景色が広がっていた。
遠足の帰り、幹太と一緒に帰ったあの日。季節はまだ冬が残っている寒い日で、二人とも厚手のコートを着てたっけ。
「しょうがないだろ…
寧々を好きな男子はいっぱいいたし、俺はそいつらに寧々を取られるわけにはいかなかったから」
私は照れくさくて下を向いた。でも、下を向いている顔の頬は緩んでいる。
「残念な事だけど、多分、俺は、あの頃から全く成長してないらしい。
二十五歳になっていわゆる大人の男になって、世間一般からは常識的な仕事ができる男って思われてて」
私は可笑しくてクスッと笑った。
すると、幹太は怒ったふりをして、私の体を優しくくすぐる。
「でも、そんな俺には最大の弱点があって、寧々が関わってきたら、多分、子供に戻る」
「子供に戻るって?」
幹太はくすぐるのを止めて、私の肩を引き寄せて私の頬にキスをした。
「理性がきかなくなる、本能でしか動けなくなる。
寧々の事になら、俺は何でもできる」
「何でも…?」
「そう、何でも… 寧々が望む事なら全部…」
私の人生で、きっと、こんなにも私を愛してくれる人はいない。この恐ろしいほどに惹かれあう強さに、私は身を委ねたいと思った。
私達は、二人掛けの小さめのソファの上で、理性を失って愛し合った。
私も幹太も、もう小さな子供じゃない。
愛し過ぎる気持ちは、お互いの肌を温もりを求め合った。
何万回キスをしても、何千回体を重ねても、私達の愛し合う気持ちに勝る事はなく、永遠に時間を過ごしたいと叫びたくなる。
時間を忘れ、欲望に身を任せて、私達は何度も愛し合った。
「寧々、帰りのバスの時間は何時だっけ?」
私と幹太は、和室に敷いた布団の上でまったりと過ごしていた。
そんな中、幹太は急に現実に戻る。
幹太の言葉の意味は分かっていても、帰りたくない気持ちが私の全てを支配する。
私が何も言わずに寝たふりをしていると、幹太は肩をすくめて私の顔を覗きこんだ。
「帰らなくて大丈夫か?
ご両親は帰ってきたりしない?」
幹太だって、私に帰ってほしくないはず…
幹太の切なそうな瞳はそう訴えているように、私には見えた。
「両親は月に一度は家に帰ってくるけど、それは今日じゃない」
私はもじもじしながらそう答えた。幹太と一緒に居たいって言葉に出す事が、何だかとても恥ずかしい。
「家に電話とかあったりはしない?
寧々が家に居なかったら、心配するはずだから」
幹太は何をそんなに心配しているのだろう。
「用事がある時はスマホに電話がくるから、その心配もないよ。
何なら、幹太がこの街に越して来たって話してもいいし。
久しぶりに幹太と会ったから遅くまで飲んじゃったって。
母さん達はきっと喜ぶと思う。
だって、多分、小学校の頃の私の友達で、一番よく覚えてるのは幹太だと思うから。
幹太が甲斐甲斐しく私のお世話をしてくれてた事も知ってるし、あの頃は、幹太君って本当にいい子ね、なんて言ってたから」
幹太のシングルサイズの布団に二人で寝転んでそんな事を話していたら、幹太は急に起き上がりあぐらをかいて座った。
何とも言えない表情で私の顔を上から見ている。
私も幹太を真似て幹太の前にあぐらをかいて座ると、幹太は無理に微笑んだ。
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