君のそばで会おう ~We dreamed it~

便葉

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十二歳のままの俺

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可南子は想太に人事異動の事実を知られたと悟った。

部長室から出てきた想太の顔は、明らかに怒っている。
可南子は想太と目を合わせないようにしていると、想太と山本課長が話している内容が可南子のデスクにも聞こえた。


「昨日、人事課の依頼で異動を希望している人間と面接をしてほしいと言われてるので、十四時に朝倉さんにミーティングルームに来るよう伝えてください」


想太はそれだけ言って、部長室へ帰って行った。


「朝倉くん、聞こえた?
そういうことだから」


山本は気の毒そうに可南子を見て「頑張れ」と言ってくれた。

可南子はジタバタしてもしょうがないと思った。
この異動届は去年に出したもので、その時は想太はこの場所にはいなかったし、それに色々な事があり過ぎて東京を離れたいと心から思っていたのも事実だったから。

色々な事?
それだけは絶対に想太には言えない…



可南子は言われた時間より早くにミーティングルームに着いた。
すると、先にもう一人の異動予定者が想太と面接をしている。

可南子は窓に面した廊下の隅で自分の番を待っていると、十分程で名前を呼ばれた。


「失礼します」


可南子は会社用の顔を装ってミーティングルームに入ると、そこには冷めた目で可南子を見つめる想太が座っていた。


「………」


可南子は想太の顔を見たら何も言えない。


「まずは、理由を聞かせて」


想太が低い声で聞いてきた。


「この異動届は、去年の十月頃に出したものなの。
理由は、もうそろそろ地元に帰ろうかなと思っただけ…
この間の四月に本当は異動できそうっていう話だったんだけど、会社の事情で流れたらしくて。
だから、私もすっかり忘れてたくらい」


「で、可南子はどうしたいの?」


理由を聞いた後でも、想太の目は刺さるように冷たかった。


「どうしたいって…
今さら異動届をひっこめるわけにもいかないし、決まった事にちゃんと従います」


「長崎に行くのか?」


「うん、一応、希望していた場所だから」


想太は急に立ち上がり、可南子の方へ歩いてきた。
可南子の肩を掴みずっと可南子の目を見ている。


「他になんか理由があるんだろ?」


「別にないよ」


「じゃ、この異動は俺が取り消す」


想太はそう言うと、可南子を自分の隣に座らせた。


「想ちゃん、仕事に私情を持ち込むのはやめて。
もう、前に決めたことなんだから」


「前に何があった?」


「何もない。
長いこと働いてれば、色々な事があるの。
それをいちいち全部想ちゃんに言わなきゃいけないの?」


可南子は絶対に想太には言えない理由があった。

結婚手前までいって別れた元彼が、この会社にいることを。
そして、その彼の為にも、ここを離れたいと思っていることも。


想太は歯がゆくてしょうがない。
やっと目の前に現れた可南子をまた失うなんて…


「可南子の異動はとりあえず保留にしとく」


「想ちゃん…」


「まだ八月までには日にちがあるし、俺は絶対に認めない」


可南子は想太の気持ちも痛いほど分かっていた。
可南子だって想太を置いて長崎へなど行く自信はなかったから。
でも、これは会社の決定だ。


「想ちゃん、私が長崎に行ってもたまに会えるじゃない。
月に一回は私が東京に遊びにくる。
昔みたいな別れじゃないよ」


「月に一回なんて、絶対に嫌だ」


想太は可南子を抱き寄せてか弱い声で言った。


「やっと、会えたんだ…
俺は可南子が長崎に行くって考えただけで、頭がおかしくなりそうなのに。
もう、俺の前からいなくならないでくれよ…」


今度は可南子が想太を強く抱きしめた。


「ごめんね、想ちゃん…」




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