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イケメンの保護本能をくすぐります
②
しおりを挟む舞衣が顔を上げてみると、一番離れた所に凪が座っていた。
昼間の凪とは別人になっている。濃いグレーのスーツに紺色のネクタイをして、ボサボサにおろしていた灰色の髪はワックスで固めてアップにしていた。
そして、そんな凪はテーブルを挟んで遠い所に座っているのに、舞衣のことをジッと見ている。目を細めて、まるで獲物を見つけた狼のように。
凪さん、怖すぎる…
でも、そんな凪さんから目が離せられない…
「舞衣ちゃんは実家から通ってるの?」
舞衣の元へカクテルを持ってきた謙人が、映司の横に割り込んで舞衣の隣に座った。
「謙人、俺がまだマイマイと話してるんだけど」
「お前は夕方も舞衣ちゃんと一緒に居たんだろ?
いいから、変われ」
映司はわざとらしくため息をついて、謙人のために少し席をずらした。
「私は、今は、一人暮らしです。
実家は東京にあるんですけど、色々と事情があって今は一人で暮らしてるんです」
その瞬間、ここに集まっているイケメンの雄たちの保護本能に火がついた、みたい。例にもれず、凪も舞衣の話をジッと聞いている。
「事情って? 聞いてもいい?」
そう言って優しく声をかけたのは、やはり年長者のトオルだった。
「あ、はい、大丈夫ですよ。そんな特別な話じゃないんです。
私の父と母は私が十歳の時に離婚して、私と姉は母子家庭で育ったんですけど、私の母には私が高校生の頃に素敵な彼氏が出来たんです。
すごくいい人で私も姉も大好きだったんですが、二人は結婚には中々踏み切らなくて。
そんな中、私と六歳年の離れた姉は年頃になって早くに結婚したので、母とその人を結婚させるために、私が大学を卒業して自立したら結婚してって約束させたんです」
五人のイケメン達は静かに舞衣の話を聞いている。
「で、舞衣ちゃんが無事に大学を卒業して、晴れて一人暮らしを始めて、お母さん達は結婚したということか」
トオルは納得したような顔でそう言った。
「でも、舞衣は僕にバイトしてたって言ってなかったっけ?」
ジャスティンが身を乗りだして、舞衣にそう聞いた。
「そうなんです…
人生中々上手くいかなくて、卒業と同時に入社した会社は一年で辞めました」
「なんで?」
映司と謙人が声を揃えてそう聞いた。
「不動産会社の営業部に入ってしまって…
最低でも月にマンションや戸建てを一軒は売るという営業ノルマを、私は一年に一軒も売る事ができなくて、会社に居づらくなって辞めました」
五人のイケメン達は何もコメントできず、ただ黙っていた。だって、ここにいる人間からは想像すらできないあり得ないことだから。
「なので、バイトを二つ掛け持ちしてました。
ファミレスと居酒屋の……」
舞衣はハッと我に返り、話す事をやめた。皆の表情が、未知との遭遇のような信じられないという顔をしているから。
有り余るほどお金を持っている人達にとって、こんな貧乏な暮らしはドラマの中での話なのだ。舞衣はキョロキョロと五人の顔を見回しながら、不自然に口をつぐんでしまった。
「そ、そっか……
じゃ、舞衣ちゃんにとって、この会社に入れたことは最高にラッキーだったってことだ」
トオルは感動しているのか、半分泣きそうな顔で舞衣の手を握った。
「これからは困ったことがあったら、この中山トオルに何でも相談するんだぞ」
「……はい、ありがとうございます」
やっといつもの雰囲気に戻ろうとした時、奥の席に座っている凪が冷めたような口調でこう言った。
「あんたのお父さんって人は何やってんだ?
娘がこんな苦労をしてるのに、何の援助もないのか?」
一瞬、この場が凍りついた。
「凪、なんだよ、突然」
ジャスティンは舞衣の事を気にしつつ、凪をなだめようとした。
「いや、俺が、もし結婚してて娘がいてその後離婚したとしても、娘には絶対そんな思いはさせたくないって思ったからさ。愛する人間が幸せじゃないのは我慢できない。ただそれだけ…」
ジャスティンは凪に表情でバカと言った。舞衣には、逆に、優しい笑顔で何でもないよと慰めた。
「お前の気持ちなんてどうでもいいんだよ。
ま、でも、マイマイ、これからは俺たちが守ってあげるから何も心配いらないからね」
映司の真っ白い歯は、薄暗いバーの中でも光り輝いている。舞衣は皆の有り難い言葉に、逆に恐縮して小さくなった。
しばらくして、家庭持ちのトオルは先に帰った。ジャスティンも友達と約束があるみたいで、舞衣にゆっくりしていってねと言い残していなくなった。そして、皆、バラバラに席を立ち始め、気がつくとテーブルには舞衣と凪の二人だけになっている。
舞衣は緊張して、前に置いてあるカクテルをがぶ飲みした。凪の視線が気になって、大きく開いた胸元を手で隠すように何度も押さえてしまう。
別に大して大きな胸じゃないけど、凪に軽蔑されるのが怖い。というより、これ以上、凪に嫌われたくなかった。
舞衣は、凪が隣に座るのを横目で確認した。なおさら緊張してしまい、胸元を押さえる手もブルブル震える始末だ。でも、その時、お酒がじんわり回っている舞衣の頭は、やっと大切な事を思い出した。
「あ、凪さん、あの、グ、グッドマークをたくさん頂いて、な、何かの間違いではないでしょうか…?」
もう日本語がグダグダだ。でも、舞衣はちゃんとお礼を言わなくちゃと気だけが焦っていた。
「間違い?
え、もっと、欲しかった??」
ほら、やっぱり凪さんは意地悪だ…
「いいえ、グッドの数が多過ぎて心臓が飛び出しそうだったので…」
舞衣はまた泣きそうになる。凪の前では自分をコントロールできない。舞衣が下を向いてると、優しい柔らかい肌触りの何かが舞衣をふわっと包んだ。
「これ……?」
グレーの薄いカシミヤ素材の大きなマフラーが、まるでドレスアップするためのストールのように、舞衣の肩や胸回りをやんわりと隠した。
「寒そうだし、気にしてそうだし、それ貸してやるよ」
舞衣は何となく予感していた。だって、どういうわけか、何だか一瞬で恋に落ちたみたいだから。
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