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光と影
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海人は、ひまわりの家の庭に適した小さなベンチを作った。
そのベンチは廃材を再利用したためお洒落とは言えないが、手作りにしてはいい出来だった。
すると、玄関前の駐車場に車が止まる音がした。
海人はひまわり達が早めに帰ってきたのだと思い、手を洗い居間の方へ急いだ。
しかし、そこにいたのは、良平だけだった。
「ひまわりさん達は?」
「俺一人なんだ。実は、あんたに話があって来た」
良平は持っていた缶コーヒーを飲みほして、ドカッとソファに腰掛けた。
海人は良平の前に座り、何も言わずに黙っている。
「こんなことは言いたくないけど、俺はあんたを信用してない。
ひまわりのおじいさんの家に居座って、詳しいことは、記憶喪失かなんだか知らないけど、何も話そうとしないし。知ってると思うけど、ひまわりの家族は、今はお母さんしかいないんだ。
きっと、こういう事を俺があんたに話してるって知ったらひまは怒ると思うけど、でも俺の気持ちも分かってくれるよな?」
良平は男としてより、保護者としての気持ちをぶつけてきた。
海人は、良平の言う事が最も過ぎて何も言えない。
「もし、本当に記憶喪失だとしたら、記憶が戻ったら一体どうするつもりなんだ?
もしかしたら彼女がいるかもしれないし、最悪、奥さんがいることだってあり得る。
もっと最悪を考えると、犯罪者で逃げ回ってるのかもしれない。
そんな男かもしれない奴を、俺は到底受け入れられないよ」
良平がそう思う事は自然の流れであり、海人自身も納得した。
僕は、突然、過去からやってきた人間だ。
これから先、僕の身に何が起こるか見当もつかない。
僕の中でここに留まりたいという気持ちが高まっているのは事実だけど、僕の意思が反映されるかどうかも全く分からない。
海人は下を向いて、唇を噛みしめるしかなかった。
「何も話さないのは卑怯だぞ。
ひまわりはあんたに心底惚れてるみたいだし、何を言ってもほっといての一点張り。
だから、今日、俺は、あんたの話を聞きに来たんだ。
これからどうしたいのか…」
良平は、実を言うと、海人の心配もしていた。
「僕は…」
海人は、悔しくて涙がこみ上げる。
良平はなんとなく気づいていた。
この海人という男は、何か大きな事情を抱えていて、決して悪い男ではないという事を。
でも、それでも、ひまわりを近づけるわけにはいかない。
ひまわりが傷つくのはもう見たくなかった。
「僕は、絶対にひまわりさんを騙してなんかいません。
それだけは、分かって下さい。
ひまわりさんは、何も分からない僕に、親切に一つ一つ色んな事を教えてくれました。
そして、僕は、そんな優しいひまわりさんに甘えてしまった。
そんな自分が、本当に情けなくて仕方ありません。
これからの僕だって、良平さんの言う通り、どういう風になってしまうのか見当がつかない。
馬鹿みたいな話だと思うかもしれませんが、これが今の僕の現実なんです」
海人は、また黙ってしまった。
今の僕は影の中で生きているのと一緒だ。
堂々と胸を張れない僕は、何を言っても誰も認めてはくれない。
しばらく、沈黙が続いた。
「働こうとは思わないのか?」
突然、良平が聞いてきた。
「働きたい、働きたいです」
海人は切実にそう答えた。
「一つ、提案があるんだ。
とにかく、ここから出ていくこと。
そのかわり、働き口と住む所を紹介してやる。
昨日、ここから五キロほど離れた海沿いの町で、小さな民宿がアルバイト募集住み込み可って書いた紙を貼ってあるのを見かけたんだ。
なんとなくその名前が頭に残ってて、さっき電話してまだ募集してるか確認してみた」
「それで?」
「まだ、募集しているってさ。
若い男、大歓迎だって。で、どうする?」
「働きたいです。僕みたいな男でも雇ってくれるのなら」
「じゃ、もうひとつだけ約束してほしい。
ひまわりとは、もう二度と会わない事。
ひまわりも夏休みが終われば、東京に帰らなきゃならないのは分かってるだろ。
どのみち、別れなきゃならないんだ。
あんたも自分で稼いで生活していくうちに、記憶が戻るかもしれないし」
海人はひまわりに会えなくなるとは、夢にも思っていなかった。
しかし、僕達には、いつか、必ず別れがやってくる。
そして、その懸念は、いつも僕達を苦しめていた。
「そこに僕を紹介して下さい」
海人は一生懸命働いて一人前になったら、必ずひまわりを迎えに行くと心に誓った。
それをひまわりに伝えれば、きっと分かってくれるはず…
「じゃ、今から車で行こう。
俺は車で待ってるから、支度ができたら出発しよう」
そのベンチは廃材を再利用したためお洒落とは言えないが、手作りにしてはいい出来だった。
すると、玄関前の駐車場に車が止まる音がした。
海人はひまわり達が早めに帰ってきたのだと思い、手を洗い居間の方へ急いだ。
しかし、そこにいたのは、良平だけだった。
「ひまわりさん達は?」
「俺一人なんだ。実は、あんたに話があって来た」
良平は持っていた缶コーヒーを飲みほして、ドカッとソファに腰掛けた。
海人は良平の前に座り、何も言わずに黙っている。
「こんなことは言いたくないけど、俺はあんたを信用してない。
ひまわりのおじいさんの家に居座って、詳しいことは、記憶喪失かなんだか知らないけど、何も話そうとしないし。知ってると思うけど、ひまわりの家族は、今はお母さんしかいないんだ。
きっと、こういう事を俺があんたに話してるって知ったらひまは怒ると思うけど、でも俺の気持ちも分かってくれるよな?」
良平は男としてより、保護者としての気持ちをぶつけてきた。
海人は、良平の言う事が最も過ぎて何も言えない。
「もし、本当に記憶喪失だとしたら、記憶が戻ったら一体どうするつもりなんだ?
もしかしたら彼女がいるかもしれないし、最悪、奥さんがいることだってあり得る。
もっと最悪を考えると、犯罪者で逃げ回ってるのかもしれない。
そんな男かもしれない奴を、俺は到底受け入れられないよ」
良平がそう思う事は自然の流れであり、海人自身も納得した。
僕は、突然、過去からやってきた人間だ。
これから先、僕の身に何が起こるか見当もつかない。
僕の中でここに留まりたいという気持ちが高まっているのは事実だけど、僕の意思が反映されるかどうかも全く分からない。
海人は下を向いて、唇を噛みしめるしかなかった。
「何も話さないのは卑怯だぞ。
ひまわりはあんたに心底惚れてるみたいだし、何を言ってもほっといての一点張り。
だから、今日、俺は、あんたの話を聞きに来たんだ。
これからどうしたいのか…」
良平は、実を言うと、海人の心配もしていた。
「僕は…」
海人は、悔しくて涙がこみ上げる。
良平はなんとなく気づいていた。
この海人という男は、何か大きな事情を抱えていて、決して悪い男ではないという事を。
でも、それでも、ひまわりを近づけるわけにはいかない。
ひまわりが傷つくのはもう見たくなかった。
「僕は、絶対にひまわりさんを騙してなんかいません。
それだけは、分かって下さい。
ひまわりさんは、何も分からない僕に、親切に一つ一つ色んな事を教えてくれました。
そして、僕は、そんな優しいひまわりさんに甘えてしまった。
そんな自分が、本当に情けなくて仕方ありません。
これからの僕だって、良平さんの言う通り、どういう風になってしまうのか見当がつかない。
馬鹿みたいな話だと思うかもしれませんが、これが今の僕の現実なんです」
海人は、また黙ってしまった。
今の僕は影の中で生きているのと一緒だ。
堂々と胸を張れない僕は、何を言っても誰も認めてはくれない。
しばらく、沈黙が続いた。
「働こうとは思わないのか?」
突然、良平が聞いてきた。
「働きたい、働きたいです」
海人は切実にそう答えた。
「一つ、提案があるんだ。
とにかく、ここから出ていくこと。
そのかわり、働き口と住む所を紹介してやる。
昨日、ここから五キロほど離れた海沿いの町で、小さな民宿がアルバイト募集住み込み可って書いた紙を貼ってあるのを見かけたんだ。
なんとなくその名前が頭に残ってて、さっき電話してまだ募集してるか確認してみた」
「それで?」
「まだ、募集しているってさ。
若い男、大歓迎だって。で、どうする?」
「働きたいです。僕みたいな男でも雇ってくれるのなら」
「じゃ、もうひとつだけ約束してほしい。
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しかし、僕達には、いつか、必ず別れがやってくる。
そして、その懸念は、いつも僕達を苦しめていた。
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