あの夏に僕がここに来た理由

便葉

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存在

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ひまわりはさくら達から離れ、海水浴場の駐車場で良平と海人を待った。
久しぶりに食べたかき氷がとても美味しかったため、海人が来たらまた一緒に食べようと思っていた。
海人に出会う前のひまわりからは想像もつかないほどに、毎日が色々な想いで溢れている。
海人に何を食べさせようか、海人から今夜は何の話を聞こうか、散歩コースはどこにするか、海人が喜ぶことを何でもしてあげたい。
毎日が充実していて、夜に目を閉じて寝てしまうのがもったいないくらいに、海人の存在はひまわりを全く別の人間に変えてしまった。

日が暮れ始めた頃、ようやく良平の車が見えてきた。
待ちくたびれたさくら達も駐車場に来て、良平の車に向かってふざけて手を振っている。
ひまわりは嫌な予感がした。車が近づくにつれ、海人が乗ってないことに気付いたから。

「ごめん、連れて来れなかった」

車から降りてきた良平は、ひまわりに向かってそう言った。

「海人さんは、家にいるの?」

「…うん」

良平はそれだけ言うと、浩太を捕まえて砂浜へ向かって歩き始める。
そして、思い出したように振り向いて、ひまわりに早口でこう伝えた。

「バーベキューが終わったら連れて帰るって、あいつに言ってあるから」

ひまわりは、少しホッとして頷いた。

「それにしても、お兄ちゃん、何でこんなに時間がかかったんだろう?」

さくらはひとり言のように呟いて、良平達の元へ走って行った。
四人はバーベキューを終え、テーブルに散らかった紙皿などの片付けをした。
ひまわりは、良平があまり自分を見ないようにしている事に気づいていた。今も隣で一緒に片付けをしているのに、ひまわりに背中を向けている。

「良ちゃん、ごめんね。昼間のこと怒ってるんでしょ?」

良平は、それでもひまわりと目を合わせない。

「いいよ、もう、怒ってなんかない… 
それより、俺の方こそ、ごめん」

ひまわりは何に対してのごめんなのか全然意味が分からなかったが、とりあえず微笑んだ。

帰りの車の中は、四人でAKB48の歌を歌って盛り上がった。
浩太はバンドを組んでボーカル担当らしく、抜群の歌唱力で皆を驚かせた。
ひまわりは家に着いた途端、再び嫌な予感がした。
胸騒ぎを抑えながら車から飛び出すと、良平がひまわりの腕を掴み自分の方へ引き寄せた。

「ひま、あいつは、もうここにはいないんだ」

「何で?」

ひまわりは意味が分からない。

「あいつは、働くためにここから出て行ったんだ」

「うそ、そんなの信じない。だって…
だって、海人さんは、行くとこなんてないんだから…」

ひまわりは、良平の手を振りほどき、家の中へ入った。ガランとした居間には人のいる気配はない。
ひまわりはトイレやお風呂や全ての部屋を捜したが、やはり海人の姿はなかった。

「良ちゃん、海人さんに何を言ったの?」

ひまわりは呆然としながら、良平に聞いた。

「俺はあいつが何を考えて、何をやりたいのか、聞いただけだよ。
あいつが決めて出て行った。それだけ」

良平は心を鬼にして、ひまわりを見つめた。
これはひまわりのためでもあるが、あいつのためでもあるんだ。
こんな生活がいつまでも続くはずはない。
今は辛いけど、許してくれ…

「それだけって…
海人さんは、本当にどこにも行くところがないんだよ。
家族も、兄弟も、親戚も誰もいないのにどこに行けばいいのよ…
ここにいて私に迷惑をかけてる事を、彼はずっと気にしてた。
だから、働きたいとも言ってた。
でも、私がここに居てって頼んだの…
私達にどれだけの時間があるのか全然分からないけど、でも、一分でも一秒でも一緒にいたいって思ったから。
良ちゃんのバカ、海人さんをどこに連れて行ったのよ…」

ひまわりは堪えきれず、子供のように膝を丸めて泣き崩れた。

「ひまだって夏休みが終わったら、東京に帰らなきゃならないんだぞ。
いつまでもこの暮らしができるわけがないんだから。
あいつも、それを考えたんだろ…」

その時、ひまわりはまだ海人が近い場所にいるように感じた。
捜しに行けばまだ近くにいるかもしれない、ううん、きっと、いる…
海人さんが私を置いては行くはずない…
そうだよね…?

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