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バレンタインデー
…8
しおりを挟むミチャはそう言って笑うけど、ミチャの気まぐれの性格を知っている私の気持ちも分かってほしい。
「じゃ、あの箱の絵でいいよ。
あの絵を僕はすごく気に入った。
ファン第一号の証明書として、僕はこれを大切にする」
ミチャはそう言って、テーブルの上に立てかけている絵を指さした。
私は寂しさなのか悲しみなのか、それとも安堵感なのか、よく分からない感情に胸が締め付けられる。
あの絵は、あの日、二人が結ばれた朝の風景を描いたもの。
私の気持ちは絶対に変わる事はないけれど、ミチャの気持ちを繋ぎとめるアイテムとしては色々な意味で私の念や想いが籠っている。
「分かった…
じゃ、あの箱の絵をちゃんと綺麗にカッティングする。
ミチャの持ち歩くバッグやリュックに入れてもらえるように」
ミチャは本当によく笑う。
私は必死に自分の中で折り合いをつけているのに。
私はミチャの胸の中で、一か八かのお願いをすることを心に決めた。
私がさっきミチャに言いくるめられたように、今度は私がミチャを言いくるめたい。
「それと、ミチャ…
ミチャが私のファン第一号になってくれるのなら、籍はそのままでいたい。
離婚なんてしなくていいよね?
だって、ミチャはずっと私の事を応援してくれるんだもん。
最初に約束した三百万円も要らない。
実際、ミチャから毎月もらってたお小遣いが使わずに全部貯まってるし、それでイタリア行きの経費は対応できるし。
もし、ミチャが私との結婚を続けてくれるのなら、私は本当に晴れやかな気持ちで絵の勉強に打ちこむ事ができると思う。
もし、ミチャと四月に離婚したら、私、しばらくは寂しくて立ち直れない。
きっと、一年は泣いて暮らすよ…
絶対にそんな状態で、絵の勉強なんてできないと思う。
ミチャなら分かるよね…?
私は感情に負けちゃう人間だって事…」
本当にそうだ。
今でも、本音を言えば、イタリアには行きたくない。
でも、森魚の話や、ミチャの想い、私の家族の気持ち、色々な事を考えると、簡単に辞めますなんて言えないのもちゃんと理解している。
だから、ミチャにこの提案を受け入れてほしかった。
「ミチャ… どう…?」
ミチャは私を抱きしめたまま、ずっと何かを考えている。
そんなに考える事が必要?
私はミチャから離れないように、自らミチャの胸の中に居座った。
「うん… それは…
ちょっと考えさせて…
一度、頭の中をクリアにしてよく考えたいんだ」
私は返事の代わりに、ミチャにキスをする。
ミチャが大好きって言ってくれたこのキスで、ミチャの理性を壊したい。
「僕は、まひるに襲われた方がいいのかな…?」
息も絶え絶え、ミチャはそんな事を言う。
「ミチャがお望みならば…」
そんなバカな事を言い合いながら、私達は愛し合う。
ミチャが私の肌を、匂いを、温もりを恋しくて辛くなるように、私は激しく情熱的にミチャに絡みつく。
バレンタインの夜、別れを覆せなかった夜、私達は当たり前のようにお互いの体を求め合った。
当たり前が当たり前じゃなくなる時、私もミチャも、一体、何を考えるのだろう…
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