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一章 旅を始める
皆殺し
しおりを挟む夕暮れの弱々しい太陽の光が目に刺さる。
昼間は光り輝いていたであろう日輪は山の端に隠れかけ、とろりと濃い闇が辺りを埋め始めていた。
その光と闇が対照的な絶景に、ケイはほんの刹那、見入った。
弱々しいと感じていた光は満ちていく闇で艶やかに際立ち、丁度収穫の時期に入る稲も穂を重く垂れている。やや冷たい風が稲穂を揺らすと、黄金色がどうと波打つ。空は絶妙な色のコントラストとグラデーションで美しく染め上げられていた。
「・・・綺麗だな。」
―――まあな。だが天界や地獄にはもっと美しい場所があるぞ。
地獄で美しい場所というのは、はっきり言って全く想像がつかない。
きっと凄惨な光景なのだろう。
―――俺達で作るか?
「作れるのか?」
―――お前が望むならな。
どうする?と言外に問われてケイは迷わず答える。とうに答えは決まっていた。
「見てみたいな、その光景。」
ラクラスの口端がつり上がった。
「あの、すみません。誰かいらっしゃいますか?」
夜もとっぷりと更けた頃、誰かが村長の家の扉を叩く。眠りの中を彷徨っていた村長は不機嫌ながらも扉を開けた。
「誰だよ、こんな夜中に・・・。ってどうしたんですか?」
村長はまだまだ若々しい三十路頃の男だった。辺境の村には珍しく鍛え上げられた体が服の上からでもよく分かる。
扉の外には高級そうな衣服を被いた一人の男性と一頭の黒馬がいた。紺色だろうか、暗色の髪に衣服から覗く薄い唇が人懐こげに笑っている。
その時僅かに、初対面なはずなのに感じた妙な既視感。
「すみません。この先の宿場町まで行く予定だったのですが、途中森の中で魔物に襲われまして・・・。魔法で応戦していたのですが、魔力が切れてしまったのです。どうか一晩泊めていただけないでしょうか?」
丁寧な言葉遣いで男が頼む。そこで男はハッと何かに気がついたようで、ベルトに挟んでいた何かを取り出した。
「もちろん、タダとは言いません。」
小さい、だがぎっしりと膨らんだ袋を見た瞬間に村長は大きく扉を開けた。
「どうぞどうぞ、お入りください!すみませんでしたねぇ、疲れていらっしゃるのに色々話させてしまって。」
「いえ、大丈夫ですよ。」
家に入ってきた男が三日月の形に唇を歪める。
その髪は、純白に変わっていた。
「貴方達、もうすぐ死にますから。」
「っ・・・・・・!」
家の扉が勢いよく閉まる。同時に黒い縄が村長を捕らえて空中に吊り下げた。
「どうです?今まで虐げていた奴に復讐されるのって。最高だなっ!」
大人のような口調から徐々に無邪気な口調に変わっていく。
―――おいおい。さっそく化けの皮が剥がれてきてるぞ。
「だって楽しいよ、すごく。もう攻撃しちゃったんだし、今更隠す必要あるか?」
「くっ・・・。化け物め、謀ったか・・・!」
「やだなぁ。そんな怖いこと言わないでくださいよ。そもそも、貴方達が俺にしでかした仕打ちでしょう?」
「なっ・・・・・・?」
村長が引き攣れたように息を呑む音だけが響く。荒い呼吸を繰り返した彼はやがて何かを思い出したように瞠目した。
「お前、あの、忌み子か・・・!」
「ご名答。さあ、踊ろう。」
パチッと鳴らされた指に合わせて縄が蠢いた。ぐいっと関節をありえない方向に捻じ曲げ、それは心を少しずつ削るように苦痛を増大させていく。
そのまま、ケイは四肢を順繰りに折っていった。
「うっ、うぁぁぁ!」
「あー痛そう。可哀想に。」
「お前は、何者だ・・・。」
その問にケイは嬉しそうに唇を綻ばせる。熟れた桃のような唇に血のような赤い舌が這い、なんとも言えぬ色香が漂う。
「俺はただの忌み子。この国の民全員から忌み嫌われ差別され拒否され何があろうと受け入れることがない存在。いやあ、そんな俺に#冒険者__あなた__が負けるなんておかしいなぁ。」
―――久しいな、ガイル。
いつの間にか馬から転身を遂げ、ケイの背後から声をかけたラクラスに村長が過剰に反応する。
「お前は、『醜美のラクラス』!」
今までの苦痛の表情が拭ったように消え去り、代わりに村長の顔を怒りが席巻した。それを見て少し面白くないな、と感じたケイが骨折した箇所を黒縄でいじるも、それすら気づいた様子がないほど激昴している。
「なんだその二つ名は?」
―――俺が天界から堕とされるきっかけになった事件だ。
彼、ラクラスは元々、天上の神の高位の御使いだった。数々の者と浮き名を流すような少々やんちゃな部分もあったが、仕事はきっちりとこなす姿は、皆の憧れと羨望の的だった。
彼が時々発作的に起こす困った癖がある。
それは、下界の更に下にある魔物や罪人ののたうち回る地獄を覗き見るという変わった癖だった。
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