この手に楽園を

蓮ゆうま

文字の大きさ
5 / 29
一章 旅を始める

皆殺し

しおりを挟む

夕暮れの弱々しい太陽の光が目に刺さる。
昼間は光り輝いていたであろう日輪は山の端に隠れかけ、とろりと濃い闇が辺りを埋め始めていた。
その光と闇が対照的な絶景に、ケイはほんの刹那、見入った。
弱々しいと感じていた光は満ちていく闇で艶やかに際立ち、丁度収穫の時期に入る稲も穂を重く垂れている。やや冷たい風が稲穂を揺らすと、黄金色がどうと波打つ。空は絶妙な色のコントラストとグラデーションで美しく染め上げられていた。

「・・・綺麗だな。」

―――まあな。だが天界や地獄にはもっと美しい場所があるぞ。

地獄で美しい場所というのは、はっきり言って全く想像がつかない。
きっと凄惨な光景なのだろう。

―――俺達で作るか?

「作れるのか?」

―――お前が望むならな。

どうする?と言外に問われてケイは迷わず答える。とうに答えは決まっていた。

「見てみたいな、その光景。」

ラクラスの口端がつり上がった。






「あの、すみません。誰かいらっしゃいますか?」

夜もとっぷりと更けた頃、誰かが村長の家の扉を叩く。眠りの中を彷徨っていた村長は不機嫌ながらも扉を開けた。

「誰だよ、こんな夜中に・・・。ってどうしたんですか?」

村長はまだまだ若々しい三十路頃の男だった。辺境の村には珍しく鍛え上げられた体が服の上からでもよく分かる。
扉の外には高級そうな衣服を被いた一人の男性と一頭の黒馬がいた。紺色だろうか、暗色の髪に衣服から覗く薄い唇が人懐こげに笑っている。
その時僅かに、初対面なはずなのに感じた妙な既視感。

「すみません。この先の宿場町まで行く予定だったのですが、途中森の中で魔物に襲われまして・・・。魔法で応戦していたのですが、魔力が切れてしまったのです。どうか一晩泊めていただけないでしょうか?」

丁寧な言葉遣いで男が頼む。そこで男はハッと何かに気がついたようで、ベルトに挟んでいた何かを取り出した。

「もちろん、タダとは言いません。」

小さい、だがぎっしりと膨らんだ袋を見た瞬間に村長は大きく扉を開けた。

「どうぞどうぞ、お入りください!すみませんでしたねぇ、疲れていらっしゃるのに色々話させてしまって。」

「いえ、大丈夫ですよ。」

家に入ってきた男が三日月の形に唇を歪める。
その髪は、純白に変わっていた。

「貴方達、もうすぐ死にますから。」

「っ・・・・・・!」

家の扉が勢いよく閉まる。同時に黒い縄が村長を捕らえて空中に吊り下げた。

「どうです?今まで虐げていた奴に復讐されるのって。最高だなっ!」

大人のような口調から徐々に無邪気な口調に変わっていく。

―――おいおい。さっそく化けの皮が剥がれてきてるぞ。

「だって楽しいよ、すごく。もう攻撃しちゃったんだし、今更隠す必要あるか?」

「くっ・・・。化け物め、謀ったか・・・!」

「やだなぁ。そんな怖いこと言わないでくださいよ。そもそも、貴方達が俺にしでかした仕打ちでしょう?」

「なっ・・・・・・?」

村長が引き攣れたように息を呑む音だけが響く。荒い呼吸を繰り返した彼はやがて何かを思い出したように瞠目した。

「お前、あの、忌み子か・・・!」

「ご名答。さあ、踊ろう。」

パチッと鳴らされた指に合わせて縄が蠢いた。ぐいっと関節をありえない方向に捻じ曲げ、それは心を少しずつ削るように苦痛を増大させていく。
そのまま、ケイは四肢を順繰りに折っていった。

「うっ、うぁぁぁ!」

「あー痛そう。可哀想に。」

「お前は、何者だ・・・。」

その問にケイは嬉しそうに唇を綻ばせる。熟れた桃のような唇に血のような赤い舌が這い、なんとも言えぬ色香が漂う。

「俺はただの忌み子。この国の民全員から忌み嫌われ差別され拒否され何があろうと受け入れることがない存在。いやあ、そんな俺に#冒険者__あなた__が負けるなんておかしいなぁ。」

―――久しいな、ガイル。

いつの間にか馬から転身を遂げ、ケイの背後から声をかけたラクラスに村長が過剰に反応する。

「お前は、『醜美のラクラス』!」

今までの苦痛の表情が拭ったように消え去り、代わりに村長の顔を怒りが席巻した。それを見て少し面白くないな、と感じたケイが骨折した箇所を黒縄でいじるも、それすら気づいた様子がないほど激昴している。

「なんだその二つ名は?」

―――俺が天界から堕とされるきっかけになった事件だ。

彼、ラクラスは元々、天上の神の高位の御使いだった。数々の者と浮き名を流すような少々やんちゃな部分もあったが、仕事はきっちりとこなす姿は、皆の憧れと羨望の的だった。
彼が時々発作的に起こす困った癖がある。
それは、下界の更に下にある魔物や罪人ののたうち回る地獄を覗き見るという変わった癖だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...