この手に楽園を

蓮ゆうま

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一章 旅を始める

契約

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「俺の差し出すものは・・・・・・。」

言い差してはたと止まる。自分から差し出せるものといえば身体ぐらいしか無いではないか。どうしたものか。

―――どうした?まさか怖気づいたわけではないだろうな。

悪魔は立場上、いよいよ土壇場になってやはり契約を破棄したい、という人間を何人も知っている。そんなことを言えば無事で済むわけがなく、魂を地獄の底に落とされ二度と這い上がれずに彷徨うことになる。
悪魔とはそういうものだ。
一度言葉を与えてしまえば、それはお互いを縛る呪いとなり、そう簡単に解くことが出来ない。

「いや、違う。俺は身体を差し出すのは嫌だなぁと。」

―――ならば何をどうするのだ。

「分からないから悩んでいるんだ。」

傍から見れば言葉遊びのような会話をしながら熟考する。

―――ならばお前が人間であることをやめるなら、契約を結ぼう。

「・・・・・・は?」

―――ただ契約するだけでなく、人の道を外れるなら・・・。

「外れよう。」

間髪入れず言い切ったケイに悪魔が少しの沈黙を返す。

―――本当にいいのか?

「言質を与えた時点でもうアウトだろうが。」

―――バレてたのか。

悪気のない声が聞こえ、暗闇からぬっと顔だけでなく全身が姿を現した。
その人外の美貌に、ケイは息を呑んだ。

―――どうだ?中々だろう。

いつの間にか道化の仮面は溶けるようになくなり、代わりに雪のような白い肌が晒される。
そこには天使と見紛う男がいた。
身体にまとわりつく長い金髪は黄金の川のように背に流れる。薄い空色の瞳を縁取る睫毛も金で、優しげな印象を相手に思わせる。鼻梁は高く通り、薄い唇は男とは思えない艷麗な雰囲気を醸し出していた。身体にぴったりと沿った衣服から読み取れる体躯はしなやかに筋肉がつき、その彫刻のような美しさはまさに天使と崇めるに相応しいものだ。
鎖骨から首に広がる烙印さえ無ければ。

「堕天使・・・・・・?」

―――そうだな。欲望を覚え地獄に堕ちた悪魔だ。まあ永遠の寿命の中で狂ったものだと考えればいい。

「まあ、どうでもいいや。」

―――契約成立だ。

悪魔が呟いた瞬間に光が迸る。網膜まで焼き尽くすかのようなその閃光が静まった後には、黒い衣服を纏った 、見違えるように血色の良くなったケイがいた。

「これは凄いな・・・。なんか体に力が漲ってるって言うか、なんだろう、すごい感覚だ。」

―――俺が力を貸したのだから当たり前だ。

「お前って結構自尊心とかプライド強いよな。あと自信に溢れてる。」

―――ラクラスと呼べ。

「は?ラクラス?」

―――俺の名だ。お前のことはケイと呼ぶ。

「ああ・・・。そう。じゃあそう呼ぶよ。で、俺にはどんな能力があるんだ?」

―――魔力圧。

魔力圧、それは、人体やもの、魔物にかかる重力などといった自然界からかかるものより他に、更に圧力を加えるとこができる高等魔法である。
元々、魔力圧はこの世界のものにかかってはいるが、凄まじい魔力がないと気づくことが出来ない。

「なんだそれは。聞いたことがないぞ。」

―――面白いぞ。人を浮かせたり潰したりできる。慣れてくると重力にも介入出来るな。

「へえ・・・それはすごい・・・。」

感心した様子のケイが唇をペロリと舐める。特に何をした訳でもないのにぶわりと魔力が広がって、周りの岩が崩れる。

―――少しは自重しろよ。

「悪い。力加減がまだ分からん。」

―――まあ少しずつ覚えていけ。なんなら練習してみるか?

「どうやって練習するんだ。このままだと壊しかねないぞ。」

至極真っ当な疑問にラクラスがうっそりと微笑む。その拍子に犬歯がちろ、と覗いてケイはなんとも言えない気持ちになった。

―――決まってんだろ?んなの。人に決まってんじゃねーか。

その瞬間、ケイの中で何かがすとんっと納得して、足りないピースがはまった。にたにたといっそ穏やかに微笑みながら、一言呟く。

「そっか。じゃあ上に行かなきゃね。」

その言葉にバサリと音を立てて翼を広げるラクラス。鴉のようなしっとりと濡れた美しい翼が、白い肌と対をなすように大きく広がる。その艶は薄闇の中でもはっきり分かるほど艶やかだ。

「じゃあ、いざ地上に行くか。」

ラクラスがケイを抱えて翼に魔力を纏わせる。そのまま勢いよく振ると、周りの岩が崩壊を始めた。

「・・・・・・かなりの力技だな。」

―――だって派手な方が面白いだろ?

地上に駆けていく影は、不吉なことの前兆のようだった。
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