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一章 旅を始める
悪魔の囁き
しおりを挟む―――・・・きろ、・・・ろ、まえ・・・
―――い、まで・・・んだ
―――ぶざ、な、・・・・・・・・・んげん!
「っ・・・!」
怠くて動かない身体。背に当たる固い感触。ケイは、夢現の中からようやっと這い出した。
自分の名前が呼ばれたような気がして、視線を辺りに彷徨わせる。
「だれか、呼んだ・・・?」
いや、そんな訳ない。
何故ならここは村の地下牢で、誰も近寄ろうとしない場所なのだから。
自分で自分の考えを打ち消して自嘲気味に笑う。
―――お前、やっと起きたのか。人間、俺の声が聞こえているな?
「誰だお前。俺は遂に頭がおかしくなったのか。」
ああ、きっとそうに違いない。
勝手にそう結論づけて、ケイは耳鳴りがしそうな静寂が戻ってくるのを待った。
だが静寂は戻らない。代わりに、飄々とした若い男の声が問いかけてくる。
―――お前、ここから出たくないのか?
「俺はどこへ行っても嫌われ者らしいからな。外の世界へ興味はない。」
―――ほう。その言葉に偽りは無いだろうな。
「・・・・・・・・・もっと分かりやすく話してくれることを求める。」
慎重なケイの解答に、何者かが微かに笑った気配がした。
―――なあ、お前、人は愚かだと思うか?
いきなりの問、しかもスケールが巨大な禅問答のような質問に眉を顰める。
どう答えればいいのか。
「なんでいきなりそんな問を。」
―――分からないのか。
「愚か者もいれば素晴らしい人々もいるだろう、とだけ答えておく。それ以上は答えられん。」
―――お前が世界を知らないからか。
「俺がその玉石混交の中の石にいるのだから、どれほど立派なことを言っても無駄だろう。」
―――ふん。ならば玉になれば意見が出来ると言うのか。
「その権利は生まれるだろうな。」
―――まあ分かっているようだ。こいつにしよう。
「?なんのことだ?」
そして、自分の運命を変える問かけがなされた。
―――なあお前。俺と契約を結ばないか。
「は?契約?」
突然聞こえた訳の分からない単語を反芻して上体だけ起き上がる。何日も栄養を入れていない体はフラつき目眩がした。
―――お前にとっておきのことを教えてやろう。お前のその白い髪と瞳、あと母親。力の代償なんだよ。
「代償?力?何を言っているのか。」
―――もの分かりの悪い奴だな。お前は今まで散々酷い扱いを受けただろう。あれは白い髪と瞳のせいだ。お前が人間としての尊厳を捨てた証、それがその髪と瞳だ。
なあお前、憎くはないか?
辛くはないか?
理不尽だと思わないか?
復讐をしたくはないか?
仲間が、欲しくないか?
欲しいだろう?
悪魔の巧妙な囁きがケイの耳にするりと入り込む。それは甘美な響きを持って彼の心を揺さぶり、面白いように弄んだ。
―――いいから言うこと聞いとけよ。
視線を彷徨わせるケイの前にぬっと何かが顔を出した。
道化の仮面。作られたその仮初の笑いは嘲るようにケイを見ている。
―――俺ならお前の望みを叶えることが出来る。ほら、復讐、したいんだろ?
人間は因果応報が螺旋のようについてまわる生き物だ。悪いことは長く続かない。逆に良いことも長く続かない。・・・・・・そろそろそんな円環を巡るのも退屈したんじゃねえの?人じゃなくなればその理から解き放たれるぞ?
どくん、と心臓が跳ね上がる。
復讐、人間の理から外れる、円環から解き放つ・・・。それらはどれも素晴らしい響きを持ってケイを魅了する。
「・・・・・・どうせ嘘だろう。」
―――怖いのか。
悪魔は見抜く。
人を信じることを止めたケイの心の奥底にある、彼さえ気づかぬ人への恐怖を。
「・・・・・・よく分からん。」
―――お前は何が欲しい。
富か?金か?銀か?世界の覇権か?栄光か?名誉か?俺ならなんでも叶えてやろう。
「人を生き返らせることは。」
―――やろうと思えばできる。だが契約だけでは成し得ない。何か他のものを差し出さねばならない。して、もし蘇らせるなら誰がいい?
「そうだなぁ・・・。母さんを殺したやつ、かな?」
―――なぜ?俺はてっきり母親を蘇らせると思っていた。
「だって母さんには今まで通り優しい人でいてくれないと。なんか性格違ってうっかり殺しちゃいました、とかだと嫌だしね。まあ今さらあんま変わんない?」
だって俺は忌み子だから、と言って笑うケイの瞳に宿るのは狂気。
感覚が少しズレている、とかネジが何本か落ちてる、なんていう生易しいものではない純粋で明確な狂い。
彼は母体の中に、人間らしい心の一部を置き去りにしてしまったのかもしれない。
そしてその狂いこそが、悪魔の根本であり悪魔の糧であり最も求めるものなのだ。
―――お前は何を差し出す?
「俺が差し出すものは・・・・・・。」
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