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一章 旅を始める
皆殺し3
しおりを挟む恐れ。
憎しみ。
恨み。
様々な負の感情がケイの胸の中で渦を巻き、それらが彼さえ知らぬ間にラクラスの胸中に侵入する。
ラクラスは、人の心には人一倍敏感な天使だった。故に、ケイの感情にも過敏に反応する。
―――また見捨てられるんじゃないかって怖いんだろ?
「そ、んなわけ、あるか・・・。」
先程の高揚した顔が嘘のように青ざめた顔をしたケイが震える声音で言葉を継ぐ。
―――ほら、また心に嘘をつく。
ケイの心は何もかもを諦めているようで、貪欲に全てを欲していた。
頭を撫でてくれる手。自らを褒める暖かい言葉。叱ってくれる厳しい拳。期待の眼差し。心配して流す涙。
そして何よりも、“愛している”という魔法のような甘い言葉。
常ならば親から与えられる当たり前のことをケイは知らない。人と接することの無かったケイの心に潜んでいたその欲を、ラクラスが初めて暴き立てる。
―――別に、それをとやかく言うことはないさ。親子が互いを恋しく思うのは当たり前のことだ。
だがそれから何故目を背ける?
恋しいと正直に言えない?
愛が欲しいんなら俺が与えてやるよ。
「そんなこと・・・・・・。」
違う、と言いたいのに。
喉は役目を放棄して、唇は戦慄き使い物にならない。
心が求める。
―――え?それホントか?
「俺は、求めてない・・・!止めろ、止めろよぉ・・・・・・!」
鼓動が暴れる。
違う、違う違う違う違う違う違う違う!
「止めてくれ、本当にもう止めてくれ!知らない!俺は何もしらない!!」
パニックになって頭を振り続ける彼を、ラクラスは似合わない柔らかな仕草で抱き締める。
そっと、慈しむように。
冷えきった身体を温めるように。
真綿で手足を拘束するように。
見えない鎖で、全身をがんじがらめにするように。
気づかぬように張り巡らされた網に絡め取られたケイは、奈落の果てまで堕ちていく。
ラクラスと、共に。
―――なあ・・・堕ちろよ。お前と一緒に堕ちてやるから。
それは、傲慢で優しくて恐ろしい悪魔の告白。
とろけるほど甘やかで、一度見初められればもう逃げられない。
―――俺のモノになれよ?
「う、ぅぅ・・・。」
白いケイの肌を、透明な雫が伝う。
やがて彼は血が滲むほど噛み締めていた唇の奥から言葉を押し出した。
「・・・・・・と一緒にいて欲しい。」
―――いいだろう。
二人が言葉を交わした瞬間、目を灼く白い閃光が立ち上がる。まるで世界の終わりを予言するかのような不吉なその光は、全ての場所に轟き、見る者を怯えさせた。
「じゃあ、やろうか。皆殺し。」
そっとラクラスの腕の中から離れたケイが柔らかに微笑んだ。
不自然なほど穏やかで澄んだ笑みは万人を魅了する仮初の笑顔。
「・・・・・・?」
ふと、ケイが視線を感じて顔を上げる。
首を巡らせば闇に溶けるようにひっそりと立つ女が一人。濃い茶色の短い髪と同色の瞳、長いローブをまとい鎧を着た女騎士。
「どうしたんですか、そんな所で。」
「私は近くの教会にいたのだが、禍々しい魔力を感じたのだ。それで至急調査に来たのだが、お前はどうしたのだ。」
「私もそうですよ。私はこの先の宿場町に泊まっていましてね。貴女より着くのが少し早かったようです。」
「そうか・・・・・・。」
ぼそりと一言だけ呟いた彼女の瞳が険しく光る。まるで糾弾するような意味合いのその目を、ケイは真っ向から見返した。
「お前からは禍々しいあの魔力と同じ魔力がする。覚悟しろ。」
ケイに宣戦布告した女は腰から剣を抜いて正眼に構えた。
(面倒な類が出てきたな。どうする、ラクラス。)
(疲れるまで遊んで、それから一気に叩き潰せ。)
(奇遇だな、俺もそうしようと考えていたところだ。)
脳内会話を完結させ、ケイは隠し持っていたラクラスの翼を一枚両手で包むように持って息を吹き込み、ヒュんッと大きく縦に振った。
すると一瞬のうちに夜に紛れる黒い剣が現れる。
「その言葉、そっくりお前に返す。」
ちょいちょい、と片手で招いて挑発する。女はギリッと歯ぎしりをしたが引っかかりはしなかった。
冷静な判断は出来るようだ。
「来ないのか?まさか、怖気づいたとか?まあそんな訳ないよな。」
「怖気づくだと・・・・・・?」
束の間、彼女の脳内を怒りが埋め尽くす。そしてその僅かな時間が命取りとなった。
「その首、もらった。」
ハッと意識を現実に戻した女騎士が見たのは白い目と髪の美少年。そしてその背にまとわりつく悪魔の影だった。
目にも止まらぬ速さでケイが斬りつける。静寂で満たされた夜の森に乾いた風切り音が響いた。
中々村の滅亡まで行きません、少々お待ちを・・・!
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