この手に楽園を

蓮ゆうま

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一章 旅を始める

皆殺し6

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「やあアンナ。気分はどうだ?」

「・・・・・・?おな、かへっ、た・・・。」

少女は不思議な間を取ったあと、無機質な声で答える。

「じゃあここにいる人を食べるのがいい。みんな揃って美味しそうだろ?」

「・・・・・・!ん!た、べる・・・。」

アンナの瞳孔が興奮を表すように見開かれる。息遣いは少しずつ荒くなっていき、半ば開いた口からは涎が滴り落ちる。 

「たべる、た、べる、たべ、るぅぅぅ!」

ヒュッとアンナの両腕が鋭い鉤爪を有した腕に変わる。そして両足を猛禽のような力強いものに変えると、一気に跳躍した。
他の化け物達も同じように女子供に襲いかかる。

「やめて!」

「お母さんたすけてぇ!」

「怖いよ、こわいよぉぉぉ・・・。」

目の前にいる村人を犠牲にする者。
闇雲に手を振り回しながら逃げる者。
恐怖で腰が抜けて喰らわれていく者。
行動はそれぞれだが、この場がパニックに陥っていることに変わりはない。
そしてケイは自分の魔力圧に干渉し、体を浮かせながら楽しそうにその鬼ごっこを見ていた。

「ギガントロス・・・我ながら中々いいケダモノを召喚したかな。」

それは“暗闇に住まう者”とも異名をとる。地底深く、地獄ともタルタロスとも呼ばれる場所で冥王の使徒として仕えている魔物だ。死後の裁判を受け、悪人となった者を懲らしめる役割を担う。性質は獰猛、残忍で情け容赦のない性質。
そんなものを地上に召喚したらどうなるだろう。
最初はちょっとした好奇心で喚んでみたものの、予想以上の愉しい光景が見られそうだ。

「良いこと思いついた・・・!」

弾んだ声で呟いたケイがうっそりと目を細める。すると、逃げ惑っていた少年が一人宙に浮いた。

「うわっ、何すんだよ!」

「そのままでいろよ?」

そのままでいろと言っても、ケイが魔力圧を減らしたのだからケイにしかどうこう出来ない。
涙目で喚く少年のことは意にも介さず、高度をギガントロスが届くかギリギリの所に固定する。そこにアンナ(の姿をしたギガントロス)が襲いかかった。

「に、げるな、にげるな・・・!」

「うわぁぁ!来るなっ!」

ケイは感情の読めない笑みを浮かべたまま表情を凍結させている。それはこの状況を愉しんでいるようでもあり、何か別の意思を孕んでいるようにも見えた。

「あぁぁぁぁ!いたぁぁぁぁい!」

身体を引き裂こうと伸ばしたギガントロスの爪が少年の右足を掠り、肉を抉る。それを何度か続けているうちに骨が折られた右足は皮一枚で繋がっている状態となり、傷口から噴出する血はギガントロスを余計興奮させた。

「大丈夫か?治してほしいか?」

「な、なおしでえ・・・。おねが、い。いたいよお・・・・・・。」

半分錯乱して霞んだ意識の中、少年が泣きながら懇願する。



この後、想像を絶する苦痛があるとも知らずに。想像出来ずに。 



「いいよ。ただ、代わりに、その苦痛を代償として捧げるんだ。」

「ぇ・・・っ・・・?」

脳が理解することを拒否する。
痛みを。
苦しみを。
傷を治してもらう代わりに、捧げろ、だと?
死んだ方がマシと思うこの痛みをもう一度味わえだと?

「や、やめて!やめて!治さなくていいから!治さないで、お願い!もうあんな痛いの嫌だ、怖いよ、誰か助けてよ!お願いだから治さないでくださいぃぃぃぃ!」

すっと、ケイの桃色の唇が歪んだ。
嘲りの笑み。
侮蔑の笑み。
そして、獲物が罠にかかった狩人のような勝利を確信したあの。

「・・・・・・そんなこと言われても困る。もう魔術の構築は終わったし、今更言われてもね。無駄になった魔力はどうしよう?」

この血の匂いがむせ返る空間の中で。
あまりにも対比的な白い髪と白い瞳は、何もない虚無の象徴のように見えた。
少年の背中に、ぞわぁぁぁっと嫌な予感が駆け下りる。

「じゃあ、生きて解剖されてよ?」

「ゃ、無理、なんで、す・・・。」

「いま、なんて?」

「僕には、出来ません。ごめんな、さい、許して・・・!」

「・・・・・・?」

紗を垂らしたような感情の見えない笑みを浮かべるケイに少年が身震いする。止まらない体の震えを抑えるかのように唇をきつく噛んだ少年の耳に、乾いた声が突き刺さった。

「爆発。」

体内でパンっと音がする。
それは想像を絶する苦痛を連れてきて、居座った。
痛い。
苦しい。

もう、諦めよう。

もはや光を宿さない瞳を少年はハタリと閉じた。
最後に見えたのは、ケイの唇とちろりと覗く赤い舌だった。

翌朝、男達は目にすることになる。
血の海と化した広場と、内臓を抉り出された少年の遺体を。
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