この手に楽園を

蓮ゆうま

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一章 旅を始める

皆殺し7

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「これ、どうなってるんだ・・・?」

「村長は何してるんだよ、まだ、起きねえのか!」

「呼んでくらぁ!」

慌ただしくざわめく一同の中で、立ち尽くす男がいた。その男は、あの惨殺された少年の父親だった。
妻を早くに亡くし、唯一の忘れ形見として大切に育ててきた一人息子。伴侶を失ったその日からヒビが入っていたその心が、今音を立てて折れる。

「もう、ダメだぁ・・・。」

地面に跪いて、溢れる涙もそのままに。
吊り下げられた息子の遺体に縋りつく男の姿を、周りの村人は誰も見なかった。
痛々しくて、とても見ていられなかった。
神よ、何故息子を取り上げてしまったのですか。
神よ、何故妻はあんなにも早く死んでしまったのですか。
神よ、何故私は一人だけ、生きているのですか。
男の中で膨れた疑問はその身を灼く。

「なぜ、なぜですか、なぜなのですか、しんでしまったのは・・・!」

その激しい慟哭(どうこく)に、応えるものはいない。
その様子を木陰から気配を消して見守るケイはラクラスと頷き合って両手の平をおわん型にした。

「―――行け。」

それは人の感情に取り憑く上位の魔物。精霊が狂化したものとも言われるその魔物の名は、ガッドフル。古代語で禍という意味の言葉だ。

「あの父親の哀しみを喰らってこい。その後はお前の好きにしろ。」

―――かっこいいんじゃねえの、ケイ。

「茶化してんじゃない。」

照れ隠しのようにそっぽを向くケイの頬をラクラスがツンツンとつつく。その手を払(はら)い除(の)けてむすっとした顔のままケイが新たな計画を語る。

「これでこの村は終わりだろ?次に、いたずら好きの妖精をけしかけて王城を真っ白にしよう。それからこの先の宿場町に噂を流行らせてこの村に誘き出して殺す。その間に子供に癒されようかな。」

前半はまるで悪戯っ子のような話だが、後半は人々を恐怖のどん底に陥れる話だ。

「そういえば、あの子の名前も考えてあげなきゃなあ・・・。」

この村で一番素直、無垢な魂を持った少女。髪が白に見える、ただそれだけの理由で虐められ、無視され、いないように扱われた少女。
ケイは、この国のそんな者を救うために今ここに立っている。

「じゃあ案内して。」

―――見て驚くなよ?

ラクラスは何故か自信満々に異界へとケイを招いた。
その理由は、異界の美しさにあった。
白い光の輪を通り抜けると、涼やかな清風がケイの頬を打つ。優しく顔を撫ぜていくその風に誘われるようにケイは閉じていた瞼を押し上げ、次の瞬間目を見開いた。

「うわ・・・!」

目の前に広がる絶景に、ただ見惚れることしか出来ない。
風にそよぎ咲き乱れる花々。
川底まで明瞭に映す澄んだ小川。
萌え立つような新緑の若葉。
まさに天国というような空間の中で、子供達が戯れている。

「あ、ケイおにいちゃん!」

あの少女がいち早く気づき、こちらに駆け寄ってくる。その純真無垢な可愛らしさに内心唸りながらケイはしゃがんで目線を合わせた。

「わたしのなまえ、かんがえてくれた?」

「君の名前はね、アウラ。」

アウラとは、旅人を死へと誘う危険な高位の魔物である。
夕暮れから夜にかけて山道を進む旅人の前に一輪の花として咲き、興味を引かれて近づいたらもう最後。魂を地獄に引きずり込む地獄からの使者とも言えるだろう。一説では、変幻自在に何者にも変化できると言われている。
我ながらネーミングセンスを疑うが、ケイの頭にはそれしか浮かばなかった。

「・・・・・・アウラ?すごく嬉しい!ありがとう!」

少女はその意味を察することなく、素直に受け入れた。

―――ここまで素直だと多少良心の呵責を感じないかね。

「まあ、一割ぐらい・・・。」

ケイは微妙な面持ちだ。もう少し駄々をこねると予想していた分、面食らうような、少々肩透かしを食らったような気分だ。
これでは、後々その意味も教えねばならない。

「アウラね、ケイおにいちゃんについていくよ。ケイおにいちゃんのためだったらおかあさんだってころせるよ。だから、もう捨てないで・・・?」

先程の笑顔とは打って変わって、心細げな面持ちになったアウラに、ケイとラクラスの二人が同時に息を呑んだ。
捨てるなど。
置いていくなど。
その容姿のままこの国で生きていくには、それがどれ程辛いことか幼いながらに知っているだろうに。
彼女は家族の愛を知らない。
抱き締めてくれる腕の温かさ、叱られる時の声の厳しさ、褒め言葉をかけられた時の、胸が弾むような嬉しさを知らない。
ケイはそんな大切なものを、ラクラスから教えてもらった。
ならばそれを、アウラに教えていくのが自分の役目でもあるのだろう。
同じ迫害を受けたものとして。
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