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あれ?

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今日の私はとっても機嫌が良かった。朝早く起きて、控えめだけどしっかりメイクして、似合わないのに鼻歌なんて歌っちゃって。とにかく、普段の私から比べると不気味なぐらいルンルンだったのだ。
なんでかって?
それは、今日、私の愛しい弟とデートの日だからである!
私が幼い頃から面倒を見ていた弟のルイ。くりくりと愛らしい瞳で私を見上げながらコロコロと後をついてまわり、常に私を癒してきた。スポーツは真ん中らへんだけど、勉強は超一流で、ついこの間、有名大学に合格したばかりだ。電話口で合格を伝えられた時の私のどんなに喜んだことか。家中ウサギみたいに跳ね回って喜んだ。
今日はお祝いでなんでも買っていいとルイには言ってある。なんて言ったって、昨日が給料日だったんだから!
それでもルイは、「僕のためにそんなにして大丈夫?好きなものならバイトでお金貯めて買えるし、姉さんの好きな物を買いなよ。」
なんて健気なことを言ってくれたの!もう嬉しさで気絶するかと思ったわ。優しい子よね、本当に・・・。
あら、こんな話をしてたら時間に遅れちゃう。髪をセットして、鏡の前でニコッと笑ってみる。
・・・・・・うん、なんとか見せられる顔にはなったかしら。
弾むような足取りで家を出る。ああ、楽しみ。待ち合わせ場所にどこでもドアで行きたいわ・・・。
それから電車に乗って、待ち合わせ場所である都心のデパートに行く。そこで見つけたルイに手を振って、駆け寄って、話しかけようとしたところで・・・。
ルイの後ろが白く光った。それがトラックの前のライトの光であることに気がついたのは、少し遅れてからだった。
運転手が気を失っているのかなんなのか分からないが、トラックはブレーキをかける気配がない。それどころか更にアクセルを踏み込んで迫ってくる。
ルイを、守らなきゃ。あの笑顔を、守らなきゃいけないわ。
その時頭に浮かんだのはそれだけで。
気がついた時には、ルイを引っ張って引き倒して自分の後ろに庇っていた。それと同時に私の体がトラックの前に躍り出る。
体に衝撃と共に痛みが走る。
痛い!痛いわ!
それは今まで感じたことの無い痛みで、のたうち回るほど。
だけど。
この痛みをルイが感じることにならなくて、本当に良かった。

「姉さん!」

ルイが叫んでいる。その必死の叫びがスイッチになったように脳内を走馬灯が駆け巡る。
わあ、本当に流れるのね。まあでも、我ながらルイのことばっかりで怖いわ。友達も多少はいたのに全く出てこないもの。いっそのことアッパレね。
・・・・・・ストーカーとか思われて、ルイに避けられたらどうしよう。
そんな馬鹿なことを考えていたら、死の恐怖が少しだけ薄まった。
霞む意識で、ルイを守るために最後の力で彼を突き飛ばした。間違っても、トラックのタイヤなんかに巻き込まれないように。
そこから先は、意識が真っ暗闇に落ちていった。







「・・・・・・・・・は?」

なになに、何が起こったの。
私、何してたんだっけ・・・?そういえばルイと一緒にいたような・・・。
しかもなんなのよ、この真っ暗闇の不気味な空間は。趣味悪いわねぇ。

「あ~~!」

「うわぁぁぁぁ!」

事の顛末を思い出し大声を上げた私を非難するように更に大きな声が上がる。いや、私の方がその声にびっくりしたわ。

「なに!?」

「うわぁぁぁぁ!」

だからなんなのよ!叫んでないで質問に答えなさい!

「もう、なんなのよ!とりあえず静かにしなさい!」

間髪入れず返事が帰ってくる。

「ひう!ごめんなさい!」

「・・・・・・あら?」

私が何かする度に声を上げるそれを叱りつけるように声を荒らげる。すると意外にも、返ってきた声は幼いものだった。
なんだか今、懐かしい声を聞いた気がするわ。

「ひっどい!それは無いってば!ちょっとびっくりして大声上げただけじゃないか~、もう!」

あれ?声が上から聞こえる。変だなあ、可笑しいなあ。ギシギシと鳴る首を無理矢理動かして上を見る。
そこにいたのは・・・。
空中にちょこんと座った、可愛い子供だった。ルイにめちゃめちゃ物凄く宇宙一似てる可愛らしい子供。
ああ、なんて可愛いの?そうね、六歳か七歳頃のルイに似てるわ。目元なんてもうコピーそのものじゃないの!頬の丸まり具合も最高だわ。あ、でも唇の形はルイの方がキレイだったわね。あともう少し髪は長かったわね・・・。

「あの~、そろそろいい?説明したいんだけど。」

んまあ!なんて生意気なの!そんなの、ルイに姿を似せるなんて死刑よ!

「いや、別にルイ君に似せたんじゃなくてルイ君が似せたんだよ・・・。あーもう!あなた今の自分の状態分かってる?」

なによこの質疑応答。ていうか私の心を読んだの?悪い子ね。私は自分の状態ぐらい分かるわよ。一応は大人だもの。
・・・・・・え?何歳かって?引っぱたくわよ。

「もちろん。私は死んだのよね。」

えっへん、と胸を張って答えた。

「そうそう、よく分かってんじゃん。ってことで、船木アスカさん、あなたは異世界に転生してもらいます♪」

なんですって?
いとも簡単にルイ(仮)が告げた内容は衝撃的すぎて、私を氷漬けにした。
ルイ、あなた、いつからそんな冗談を言う子になっちゃったの?

「冗談なんかじゃない!」

ルイ(仮)が顔を真っ赤にして叫んだ言葉は、私の耳を素通りしていった。
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