訳アリ部長は新人社員を食べ尽くしたい

猫とろ

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九滴目

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それから企画コンペの締切まであっという間だった。
私は何度も何度も推敲して。資料や先輩達の意見を参考にして、清書をして。水彩画も何パターンも描いた
誤字脱字がないか、規定のルールを守っているか、じっくり見直して。
締切前日にハラハラしながらweb受付を済ませた。

これで結果が出るのは一カ月後。

これからとてもワクワクしながらも、ドキドキの一ヶ月を過ごすことになる。

納谷先輩とは言うと、好評のワークショップはこれで終了した。
しかし、先輩にも多少の変化はあったらしく、モッサリ姿は卒業して随時イケメンモードだった。

他にも引き篭もり気味がちょっぴり解消され、ランチタイムに食堂で見かける姿などが増えた。

私との関係とはいうと相変わらず。
仕事の相談に乗って貰ったり。一緒に食事したり。休日にはお出かけしたり。
エッチなことはしなかった。手を繋ぐぐらいで丁度良かった。
先輩曰く、優勝した時に存分に血の変化を味わせて貰うと言うことだった。

それはそれで、またドキドキが増える日々。

そして私とは言うと仕事は順調。
コピー機の印刷だけをする日々はとっくの昔に卒業して、先輩の会議のアシスタントや営業周りにもついて行く機会が増えた。

林さんには好きな人がいるから、二人っきりで食事は出来ないとちゃんと断った。
林さんはやっぱりなと言う顔をしつつ。私の恋を応援してくれた。
最後まで爽やかな笑顔をしてくれて良かったと思う。

そんな充実した日が繰り返され、段々とコンペ発表のお知らせが近づくとソワソワして。心を落ち着ける為にイラストをたくさん描いたりした。
ときに納谷先輩に手を握って貰い、話をたくさんした。

大丈夫。これだけ頑張った。本田主任にも太鼓判を貰った。頑張ったぶんだけきっと報われるはずなんだと、いよいよ発表の日を迎えるのだった。

※※※

──私は公園にいた。
一人ベンチに座って真っ赤な夕日を見ていた。その赤い色は納谷先輩の瞳の色に良く似ていた。

「綺麗な色……絵の具だったらレモンイエローとカドミウムレッド、オレンジとかを混ぜて、紙にグラデーションを付けて塗りたいな。仕上げにラメを振っても可愛いかも」

夕日の光は暖かいが、足元には夜の冷たい空気がゆっくりと忍び寄っているのがわかった。
ここも時期に街灯が灯るだろう。そして夜空が輝き始める。

きっと納谷先輩と出会ったあの日のように。
あの時のことを思い出してくすっと笑うと「咲帆っ」と名を呼ばれた。

そこには今日もスマートな、夕闇を彷彿させるネイビーカラーのスーツに身を包んだ納谷先輩がいた。

「あ……先輩。お疲れ様です」

「探した」

私の目の前に立つ先輩。その顔は見れなかった。

「すみません。ちょっと合わせる顔がなくて……」

えへへと笑い。顔を背けて、自分の膝の上に置いた手を見つめる。

「先輩。私ね。あれだけ優勝するって言ったのに。先輩にも主任にも。色んな人にたくさんアドバイスを貰ったのに。凄く頑張ったのにっ。結果を見れば──特別賞でした。笑ってください」

私の言葉に一番最初に反応したのは涼しい公園の風。ざあっと私の髪や頬を撫でたあと、次に先輩が喋った。

「特別賞、それも立派だ。新人が特別賞は大健闘だ。笑うやつなんか居ない。咲帆はよく頑張った。あの企画書は夢に溢れていた」

「……っ」

先輩が言葉を吐くたびに私の瞳からポタリポタリと涙が溢れて、手の甲や膝に落ちる。胸が苦しくて言葉が詰まる。

「企画書は運と言う部分もあって、受け取る側は人間なのだから選者の好みもある。違う時期に出していたら、優勝を狙えるポテンシャルは間違いなくあった」

「慰めないで下さいっ。あ、大きな声を出してごめんなさい。私、分かっているんです。優勝した人の企画書を見ました。それはとても、現実的で凄くわかりやすい文章でした。見せ方も企業に向けての意識が高くて、ナハトの企画書でした。それに比べると私のは稚拙な部分が沢山あって……」

「……咲帆」

「悔しい。経験値不足だってハッキリ分かって悔しいんです。あれだけ頑張ったから、優勝するとか思っていたのが、なんだか恥ずかしくて。でも、何度見ても優勝者の名前には私の名前が乗ってないのが、どうしようもなくて……!」

ぎゅっと、強く拳を握りしめる。
それでも一度溢れた涙は止まらない。
結果を会社で知ったとき。私は皆に頑張ったねって褒めて貰えて『ありがとうございます』と、微笑んだ。
そして来年また頑張りますと、お決まりのセリフを言って一日を過ごしたのだ。

本当は悔しくて悔しくて、暴れ倒したかった。
だって優勝しなかったら私の想いは、記憶は消えてしまうのだ。
だから叫びたいぐらいに、やるせない気持ちで胸が破裂しそうだった。けど、勤務中は歯を食いしばって堪えた。

そうして、仕事が終わると納谷先輩に会うこともせず。この公園に逃げ込んだのだ。
またポタポタと涙を流してしまうと、納谷先輩が実はなと、前置してからすっと私の横に腰掛けた。

「ナハトの創立者は黒い神様に出会って、創業したのがきっかけと言う話があるだろう。その黒い神様というのは実は俺だ」

「……え?」

「百年前ぐらいか。俺は祖国に飽きてこのアジアを適当に放浪していた。日本に辿り着いて、その時にアイツに出会った。野盗に襲われていたから気まぐれで助けた。季節は冬で俺は黒いマントを羽織っていた」

黒いマント。それが黒い神様になったのか──と興味津々に耳を傾ける。

「それがアイツは変なやつで。俺の紅い瞳をみても物怖じせずに、お礼がしたいから宿が無かったら、自分の家に来ないかと俺を誘った変なヤツだった」

優しく微笑する先輩に、その出来事はてとも良い思い出なんだろうと一目みて分かった。それでも驚いて「本当ですか?」と、聞き返してしまう。

「嘘を言ってどうする」

それから先輩はおとぎ話をするように穏やかに語った。

何でもナハト創業者は小さなお店をやっていた。しかし色々と資金繰りが大変だったとか。
そこで先輩は創業者の血が大変好みだと言うことがわかって、資金や知識を提供する代わりに血を貰ったと言うことを聞いた。

それって、まるで今の私の境遇に似ているところがあって、いつの間にか涙は引っ込んで笑ってしまっていた。

先輩は懐かしそうに、夕闇が迫った空を見ながら続きを教えてくれた。
そこから創業者はどんどんと水を得た魚のように、店を大きくして、家族を持って。繁盛を続けた。そうして感謝の気持ちを込めて。

Nacht──ナハト。

先輩の名前の一部をお店の屋号に掲げ。吸血鬼と言う納谷先輩の存在を、子々孫々守るように先輩に誓ったと言うのだった。

「ナハトが先輩の名前? 納谷冬斗って名前は……」

「俺の本当の名前はNachtstadt ……ナハトシュタルト。それがアイツには言いづらいようだったから、納谷冬斗の字を当てたまでだ」

「そんなことがあったんですね……!」

人に歴史ありとはまさにこのことだろう。
だから、納谷先輩は社長などに会える立場だったのかと腑に落ちた。

「そしてアイツは咲帆とそっくりだ。ひょっとしたら魂と言うやつが似ているかもしれない。だから、自信を持て。咲帆には誰にも負けない価値がある。悔しさは次のバネにしろ」

「あ、ありがとうございますっ」

創業者を知っている人に、そっくりだと言われたら自分に価値や才能。
そう言った可能性を信じたい。
信じてみたいと、また瞳から涙が溢れてしまったけど、それは清々しい涙だった。
その流れた涙は受け止めて。しっかりと自分のハンカチで拭い去ることができた。

だから今なら言える。泣かずにちゃんと言えると思って、ハンカチを握り締めて先輩に向き合う。

「そうやって話してくれたのは……私から記憶を消す為ですよね?」

「そうだ。じゃないと、こんなことは話さない」

キッパリと迷いなく言う先輩。
それは私への想いがあるからこそだと思った。

「記憶、どこまで消すんでしょうか」

「そうだな。記憶の忘却と改竄もしようと思っている。全てを消すのではなく。俺との関係性は会社でワークショップで数回話した程度にするつもりだ。あくまで上司と部下と言う関係性のまま。それで問題ないだろう」

淀みなく言う言葉が冷たいのではなく、誠実さだと感じた。

「そっか。私とこの公園で出会ったこととか、エッチなことをされたとか、一緒にご飯食べたとか、仕事を教えて貰ったとか……そんな記憶は無くなるんですね」

「代わりに俺が覚えておく。決して忘れはしない」

それは先輩の方が辛いことなんじゃないか。
私は先輩への想いを忘れてしまって、違う人と恋に落ちるかもしれないのにと、つい。声を上げてしまいそうになった。

でもハンカチをぐっと握って、思いついた言葉を霧散させた。
その代わりに違う言葉を吐き出す。

「わかりました。じゃあ、最後の最後。ギブアンドテイクの追加条件を出してもいいですか?」

納谷先輩は目を丸くしてから、くすっと苦笑した。

「最後だし、聞くだけ聞こうか」

「優勝したら血をあげると言うことでしたが、残念ながら優勝出来ませんでした。ですが、血を差し上げます。だから──私を抱いて下さい」

「!」

「どうでしょう。先輩に取って良い条件だと思うのですが」

「そんなことをして何になる。仮に抱いても記憶は消す」

先輩と私の間に風がさぁっと流れる。ただの風の流れさえ今の私には切ない。陽が傾き、夜になってしまって、街灯に灯りが付いてしまった。

この一秒すら私は堰き止めることが出来ない。

だからこそ、この体に先輩を刻みたいのだ。
本当はとっても恥ずかしい。
でも今言わなきゃ後悔すると思ったから、真っ直ぐに先輩を見つめる。

「頭が覚えてなくても、きっと心が覚えてます。忘れても思い出すのは私の勝手です。最後に後輩のお願い聞いて下さい」

ふふっと照れ笑いしてみけれども、上手く笑えたかはわからない。
先輩は私をじっくりと見つめ。
少し迷った素振りをしてから、私の頬に触れた。

「咲帆。本当にそれでいいのか? 後悔はしないか?」

「はい──」

「わかった」

先輩は小さく返事をして、私の手を掴んだのだった。
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