帝都・狐の嫁入り物語〜嫁いだ先は前世の私を殺した天敵〜

猫とろ

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出会い

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「いきなり口付けとは俺も驚いたが、とにかく大丈夫か、しっかりしてくれ」

片手で掴まれた肩を揺さぶられて、そのまま杜若様の顔にすいっと近づき、深く覗き込む。

「っ……顔が近いのだが」

私をかつて殺した相手に憎悪はない。ただやるせない。

「あなたは私を殺した──阿倍野晴命の生まれ変わりなのですね……」

今と昔の記憶が混濁する。
私は前世が何者か思い出しただけで、ほとんどのことが夢うつつ。炎に関してもよく分からないことだらけ。

細いことは何も思い出せなかった。
しかし、今。杜若様を目にしていると涙が溢れて頬に雫が落ちた。この感情はどのようなものか、自分でも良く分からなかった。

「──俺が、お前を殺した? しかも俺が阿倍野晴命の生まれ変わりだと。何を言っているのか分からない。お前は一体……何者なんだ」

「私は……白面金毛九尾はくめんこんもうきゅうびの狐、玉藻前……」

問われ、ぼんやりした頭で答えたあと。

「九尾だと?」

その言葉に急に意識が覚醒した。

「って、そんなことありませんっ! 私は、私は雪華環ですっ」

名乗りながら、杜若様を振り切り。
その場を今度こそ逃げようとすると、パシッと手を掴まれた。

「環。やはりお前が雪華家の忌み子か」

「! は、離して下さい」

忌み子のこともバレてしまった。いや、何やら前ら知っていたような雰囲気だったけど、今はどうでもいい。
そんなことよりも杜若鷹夜様は前世の私を殺した、阿倍野晴命の生まれ変わり!

もう生きた心地が全くしない。頭が混乱してしまって喉がカラカラだ。

「呪われた醜い忌み子と聞いていたが、所詮噂だな」

「え」

「その髪も、瞳も大輪の向日葵みたいで美しい」

「っ!」

あろうことか、掴まれた手を杜若様の方へと引かれ、私たちの距離が縮む。

至近距離で杜若様にさらりと髪を撫でられ、身が竦んだ。

「此度の見合い。乗り気ではなかった。事前に調べて良かった」

「し、調べて?」

なんのことか、さっぱり分からない。

「これは運命だな。俺を目の前にして、九尾だと名乗る女は面白い」

ふふっとどこか妖しげに笑う杜若様兼、前世の天敵様。
もうそれだけで私は背筋がゾクゾクしてしまう。

「きゅ、九尾だなんて。あれは言い間違です! とにかく無礼を働いたことは、心よりお詫び申し上げます。九尾などと言う妄言もお忘れ下さい。だから」

離してと二度目の言葉を言う前に、力強い言葉に遮られた。

「雪華家の内偵とは別に、ずっとお前を探していた。十年前。山裾にある村を本当の『浄化』したのはお前だろう。当時を知る数少ない目撃者の報告では、金髪の少女こそが──浄化を行ったと証言している」

「!」

「その顔、当たりだな。よし。環。俺の妻となれ」

「……つま?」

つま、ってえーと。妻。
お嫁さんと言う意味だと思うのだけど。
なにか、その他の意味があったかなと考えてしまう。

「そうだ。雪華家の娘との婚姻は姉の円ではなく、妹の環がいい。今日来たのも俺が直接、雪華家に足を踏み入れ内情を調べたかったに過ぎない」

「は、はぁ」

「口付けも交わしたし、あとは……あぁ、この握り飯は契りの三三九度の代わりとしよう。どうせ酒も米からできている」

そう言って、パクパクとおにぎりを食べる杜若様に戸惑う。

「いや、あの。ちょ、ちょっと待って。私のおにぎり食べないで……!」

今、そんなことを言ってる場合じゃないと重々承知だ。でも、ばあやのおにぎりは私のものだと、思ってしまったのだ。

なのに杜若様は無情にも、私のおにぎりを全部食べてしまい。さらには木の箱の上に置いていた料理を見つけて「素晴らしい」と言った。

「あとは祝膳として、そこの料理を互いに一つの箸で食べれば、これで晴れて夫婦だな。環」

「……!!」

なんてことだろう。勝手に結婚式が始まって、もう終わろうとしている。意地でも食べるまいと口を強く結ぶと、杜若様のそっと長い指が私の顎をくいっと持ち上げて、耳元で囁いた。

「拒否するならこの際、口移しでも構わないが?」

恐ろしい言葉を至近距離で聞いてしまう。
私はあえなく涙目で、杜若様と一つの箸で食事を共にした。

あり得ない。
こんなのあり得ない。
でも拒否すると何をされるか分からない。

あぁ、でも。
食事は美味しかった。
ばあやがくれた、おまんじゅうも美味しい。ありがとう。せめて静かに一人で食べたかった! 

と思っていると食事はあっという間に終わった。
一応ちゃんと二人でご馳走と手を合わした。

食事をして疲れるという、珍しい体験をしてはぁはぁと肩で息をしていると。

「あとはそちらの両親に挨拶をして、環を俺の家に連れて行くだけだな。そこで十年前の話も聞かせて貰おう」

「う、嘘でしょ」

連れて行って欲しいのは姉で私ではない。

「俺は嘘で妻になれとは言わない」

にっこりと笑う杜若様。
さらりと黒髪の長髪が風に揺れる。綺麗な笑顔、立ち振る舞いがどれもこれも、典雅過ぎて怖いほど。
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