帝都・狐の嫁入り物語〜嫁いだ先は前世の私を殺した天敵〜

猫とろ

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迫る別離

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「なんとも厄介なことであろうか。我が白百合家の浄化も無意味だ」

「そんな地面に深く穿つ武器は、馬酔木にもありません」

白百合家と馬酔木家が、驚きの声をあげた。
その後すぐに梔子くちなし真守さねもりも意見を述べる。

「帝都の総面積、約四百五十平方。土蜘蛛が入って来ないように地面に防御陣を用意するなんて、梔子家全員動員して、さらに僕が百人おっても無理や。アホらしい」

几帳の合間より口々に不満が漏れる。姿が見えなくても、それぞれが悩ましい顔をしているのが想像出来た。

俺もその言葉を聞いて確かに、厄介な相手ではあるが──地表にさえ現れたら倒せると思った。
全力の黒洞を打てば葬れると、頭で逡巡していると、ちりんと、鈴の音が鳴って場が静まった。

そして前の御簾の影が少し動いた。
御簾の向こう側から視線を感じた。

「鷹夜殿はどう思う?」

御簾の向こう側から、羽鳥帝の落ち着いた声が俺に向けられた。
少し息を整えてから口を開いた。

「そうですね。土蜘蛛は確かに厄介です。蜘蛛という性質や、力を分けた幼生をばら蒔く能力など。土蜘蛛一匹なのに、大群を相手にしているのと同じでしょう。ですが……俺が地表にて黒洞さえ使用出来れば問題ないかと」

はっきりと言うと隣の几帳越しから、真守の低い笑い声が聞こえた。

「さすが帝都の剣やな。お前が全力で黒洞をかましたら、どれだけの人を巻き込むんやろうな。それも見越してのことか」

そう。
これだけ人口が密集した、帝都で俺が普通に黒洞を打てば周囲の巻き添えは避けられない。
しかし──土蜘蛛は環を狙っている節があるのだ。

御簾越しにこちらを見ているであろう、帝の視線を受け止めるように真っ直ぐ前を向いて喋る。

「先日、公会堂にて土蜘蛛が現れて狙ったのは我が妻。環です。環には秘めたる力が備わっております。土蜘蛛はその力を狙って来たのだと思われます」

妖は時折人を攫う。
住処に攫い、人を殺さずにいることがある。
そんな風に、妖はこちらには分からぬ理由で人を攫うことがあった。

環は十年前に土地を祓い清めた。
俺はその時に環が土蜘蛛に目を付けられたと考えていた。
その環はそれ以来、力を使うことなく過ごし、現在では俺の元で力の使い方の勉強をしている。
その僅かな力を土蜘蛛は目敏く感知して環を襲って来たのではと、思っているが──不確かな事柄にて、環には黙っていたことだった。

「秘めたる力ってなんやねん」

隣からすぐに聞こえた、真守の声に答える。

「それは未知数ゆえに言えません」

「ふぅん。まぁ、術の秘匿はええやろ。よくあることやから。それより、ホンマに嫁さん迎えたんやな。しかも金髪のとびきりの美人だとか。それは──土蜘蛛の的になるから結婚したんか? さすが鷹夜やな。やることがグロいなぁ」

クスクスと美人が勿体ないと、揶揄する声に真守を睨みたくなるが、睨んでも隣は白布しかない。代わりに瞳を閉じてそっと、言葉を返した。

「そんな理由で結婚していません。ですが……大妖も狙う我が妻。杜若家に相応しい妻です。誇らしい限りなのでお気遣いなく。妻一人ぐらい守ってみせます」

するとぐっと白布の向こう側で、真守が息を飲み込む音がした。

この几帳があって助かると思った。案外、大昔に騒いだのはうちと梔子家ではないかと思ってしまう。

そして、真守が喋る前に帝に向かって頭を下げる。

「ですので羽鳥帝。恐れ多くも皇宮側近護衛と言う立場からも杜若鷹夜、進言させていただきます。土蜘蛛が現れた際には我が妻。環を皇宮に保護して頂きたい。それを追って来た土蜘蛛を、私が葬り去ります」

その言葉に反応したのは真守。
しゅっと衣擦れの音がして、視界の端で白布が揺れる気配がした。
どうやら立ち上がったらしい。

「何を言うかと思えば! 嫁を囮にして、この皇宮で黒洞を打つとか、お前はその意味を理解してんのかっ! ここは帝都の結界の要。ここが欠けると帝都の結界は綻ぶどころか、消滅するぞ!」

防御を司る梔子家。
反発してもそれはおかしくない。しかしここ、皇宮は帝都で一番広い敷地を有している。
しかもここに務める人は少ない。
被害を抑えるならばこの、皇宮にて俺が土蜘蛛を仕留めるのが最善。
少なからず、環を危険にする可能性だって孕んでいるのは理解している。

だが、環は戦うと言ってくれた。
その言葉を信じたい。
ならば俺が及び腰でどうする。
最愛を掛けて戦うのみ。
絶対に人は死なせない。
しかし、無償で済む戦いなどないのだ。

頭を下げたまま。
言葉を吐く。

「土蜘蛛が帝都に現れた時点で、我らは防衛戦になる。長引かせない為には、一気に火力をぶつけるのが最善。梔子真守殿。私に異を唱えるなら他の案をお願いする」

「っ!」

明らかに真守の動揺した気配を感じたとき。
また鈴の音が響き。真守は「やってられるか」と、小さく呟きながらも、どさっと座布団の上に腰を落ち着けた音がした。

そうして正面の御簾越しで何か囁き合う密やかな声がしたあと、羽鳥帝の力強い声がした。

「了承します。鷹夜殿の妻……環殿をここに迎え入れましょう。そして鷹夜殿は皇宮で必ずや土蜘蛛を仕留めて下さい」

信頼を寄せて頂いたと、感謝を込めて頭をその場に下げる。

「ありがとうございます。死力を尽くします」
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