66 / 74
ひととき
〜アサガオ〜
しおりを挟むここは私の部屋。
丸窓の向こうから月明かりが差している。
「杜若様……じゃなくて、た、鷹夜様。いい夜ですわね。月がとっても綺麗です」
ふふっと小さな声で微笑み。私の膝の上で寝ている鷹夜様に声を掛ける。
しかし鷹夜様は深い眠りのなか。
隊服の上着を脱ぎ、シャツとズボン姿のままで、私の言葉には静かな寝息を返すだけだった。
「これからまた夜勤だなんて、本当にお疲れ様です。それまでゆっくり寝て下さい」
土蜘蛛と私が遭遇してから、かれこれ三週間ほど経っていた。
鷹夜様曰く、妖達は大人しくて土蜘蛛も現れず。なりを潜めているということだった。
私もあの日感じたような、土蜘蛛の気配は感じられなかった。
この静けさは嵐の前の静けさらしく、この間に秘密裏に関係各所で土蜘蛛対策が早急に取られていて、鷹夜様が忙しいことには変わりはなかった。
でも、こうして鷹夜様が私と会う時間や、食事を一緒に食べる時間は増えた。
この土蜘蛛を祓ったら、一緒に沢山出掛けようとおしゃべりする機会も増えた。
「本当、このまま何事も無かったら……私が九尾でも一緒に過ごせたのに……」
それはきっと無理なんだろうと、土蜘蛛はまた絶対に来るという予感が私の中にあった。
そして寝ている鷹夜様をいいことに、私はまた鷹夜様の夜空を切り取ったかのような黒髪に触れる。
その滑らかな頬にも触る。
鷹夜様に触れると指先も心も暖かくなって、とても気持ちがいい。
普段、鷹夜様が寝ていないと、こんな大胆なことは出来ない。下の名前なんか呼べない。
起きていると、どうしても恥ずかしくて下の名前を呼べなかった。
「大事だからこそ名前が呼べないというか……呼んでしまうと、もっと好きになってしまうから……」
ごめんなさいと小さく呟きながら、そばに置いてあった上着を鷹夜様の上に掛ける。
本当は夕食後、鷹夜様が仮眠を取る為に、ゆっくりと寝て欲しいと布団を用意していた。
でも、鷹夜様に私の膝枕がいいと言われたのだった。
そう言われて、とても恥ずかしかったが鷹夜様の顔を近くで見れると思えば、首を縦に振っていた。
そうして鷹夜様は、すぐに私の膝の上で眠った。それがすごく嬉しかった。
私は信頼されていると思った。
眠っている好きな人を、こんな近くで見つめることが出来るなんて、とても素敵だ。
寝顔を見ているだけで胸がときめく。なのに──その何倍も胸が痛かった。
だから鷹夜様の髪を撫でて。
今だけは真実を喋りたいと、月の光に溶けるように小さな声で語り掛ける。
「ちゃんと私のことを言えなくて、ごめんなさい。土蜘蛛が現れたとき、私が皇宮に保護してもらえるようにしてくれてありがとう。でも私、囮でもなんでもする。鷹夜様はなにも気にしなくていい。そうそう、食事のときも話したけど。ちゃんと私の炎、少しだけども出るようになったんだよ」
さらりとまた杜若様の髪を撫でる。
私の膝の上に感じる鷹夜様の重みが愛おしい。
「この短時間で術が出せるのは凄いって、宇津木様達に褒められた。けれども、しっかりと使おうと意識すると炎はすぐに消えてしまって……難しいね。私がちゃんと九尾みたいに、いつか力が使える日は来るのかな……」
ふと鷹夜様の髪を撫でる指が止まる。
鷹夜様から土蜘蛛が私を狙っている理由。土蜘蛛の本体が現れたとき、私が皇宮に行くと言うことは、しっかりと説明を受けていた。
そんな手間を掛けさせてしまって、また申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまった。
だから、私が何か出来ることはないかと、この数日間で私は九尾のことや、土蜘蛛のことも沢山調べて読んだ。
そのお陰だろうか。
実はほんの少しだけ。
前世の夢を垣間見ることがあった。
それは手で水を受け止めるような感覚で、起きた瞬間には大半のものはするりと手から抜け落ちる。
でも、手の平に残った水滴に思いを馳せるように、記憶の欠片は私の中に残っていた。
21
あなたにおすすめの小説
橘若頭と怖がり姫
真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。
その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。
高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。
天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎
ギルドで働くおっとり回復役リィナは、
自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。
……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!?
「転ばないで」
「可愛いって言うのは僕の役目」
「固定回復役だから。僕の」
優しいのに過保護。
仲間のはずなのに距離が近い。
しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。
鈍感で頑張り屋なリィナと、
策を捨てるほど恋に負けていくカイの、
コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕!
「遅いままでいい――置いていかないから。」
【完結】剣聖と聖女の娘はのんびりと(?)後宮暮らしを楽しむ
O.T.I
ファンタジー
かつて王国騎士団にその人ありと言われた剣聖ジスタルは、とある事件をきっかけに引退して辺境の地に引き籠もってしまった。
それから時が過ぎ……彼の娘エステルは、かつての剣聖ジスタルをも超える剣の腕を持つ美少女だと、辺境の村々で噂になっていた。
ある時、その噂を聞きつけた辺境伯領主に呼び出されたエステル。
彼女の実力を目の当たりにした領主は、彼女に王国の騎士にならないか?と誘いかける。
剣術一筋だった彼女は、まだ見ぬ強者との出会いを夢見てそれを了承するのだった。
そして彼女は王都に向かい、騎士となるための試験を受けるはずだったのだが……
傷付いた騎士なんて要らないと妹は言った~残念ながら、変わってしまった関係は元には戻りません~
キョウキョウ
恋愛
ディアヌ・モリエールの妹であるエレーヌ・モリエールは、とてもワガママな性格だった。
両親もエレーヌの意見や行動を第一に優先して、姉であるディアヌのことは雑に扱った。
ある日、エレーヌの婚約者だったジョセフ・ラングロワという騎士が仕事中に大怪我を負った。
全身を包帯で巻き、1人では歩けないほどの重症だという。
エレーヌは婚約者であるジョセフのことを少しも心配せず、要らなくなったと姉のディアヌに看病を押し付けた。
ついでに、婚約関係まで押し付けようと両親に頼み込む。
こうして、出会うことになったディアヌとジョセフの物語。
【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。
猫屋敷むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で――
私の願いは一瞬にして踏みにじられました。
母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、
婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。
「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」
まさか――あの優しい彼が?
そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。
子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。
でも、私には、味方など誰もいませんでした。
ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。
白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。
「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」
やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。
それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、
冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。
没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。
これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。
※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ
※わんこが繋ぐ恋物語です
※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ
帰国した王子の受難
ユウキ
恋愛
庶子である第二王子は、立場や情勢やら諸々を鑑みて早々に隣国へと無期限遊学に出た。そうして年月が経ち、そろそろ兄(第一王子)が立太子する頃かと、感慨深く想っていた頃に突然届いた帰還命令。
取り急ぎ舞い戻った祖国で見たのは、修羅場であった。
高塚くんの愛はとっても重いらしい
橋本彩里(Ayari)
恋愛
時期外れ、しかも偏差値の高い有名校からなぜかわざわざやってきた話題の転校生。
「どこに隠れていたの?」
そんな彼に、突然探していたと莉乃は背後から抱きしめられ、強引に連れて行かれる。
その日から莉乃は高塚くんに振り回される毎日。
この関係は何?
悩みながらもまるで大事な恋人のように莉乃を扱う彼に絆されかけていた、あの言葉を聞くまでは……。
高塚くんの重愛と狂愛。
すれ違いラブ。
見目がいいだけの男ではないのでご注意ください。
表紙イラストは友人のkouma.作です。
【完結】ここって天国?いいえBLの世界に転生しました
三園 七詩
恋愛
麻衣子はBL大好きの腐りかけのオタク、ある日道路を渡っていた綺麗な猫が車に引かれそうになっているのを助けるために命を落とした。
助けたその猫はなんと神様で麻衣子を望む異世界へと転生してくれると言う…チートでも溺愛でも悪役令嬢でも望むままに…しかし麻衣子にはどれもピンと来ない…どうせならBLの世界でじっくりと生でそれを拝みたい…
神様はそんな麻衣子の願いを叶えてBLの世界へと転生させてくれた!
しかもその世界は生前、麻衣子が買ったばかりのゲームの世界にそっくりだった!
攻略対象の兄と弟を持ち、王子の婚約者のマリーとして生まれ変わった。
ゲームの世界なら王子と兄、弟やヒロイン(男)がイチャイチャするはずなのになんかおかしい…
知らず知らずのうちに攻略対象達を虜にしていくマリーだがこの世界はBLと疑わないマリーはそんな思いは露知らず…
注)BLとありますが、BL展開はほぼありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる