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日常と非日常

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いつもと変わらない、ブラジュ領の日々は続く。

「お母様!ただいま戻りました!」
「あらおかえりなさい。ラナ。今日の教練はどうだった?」
「二人気絶させたけど、最後にルタちゃんに一本持ってかれちゃった!」
「あらあら、元気でいいわね~」

打撲で左腕を包帯に巻かれながら、右肩に鉄製の重い薙刀を担いで帰宅する娘。
腕を一本「持ってかれた」娘を前に、「元気ね」で済ませる母親。
何事も無い、平和なブラジュ領の光景だ。

すでにお日様が地上を見下ろし、人間の活動時間である「朝」であることを教えてくれている。
ブラジュ領の人間にとって、早朝の調練に参加するのは、朝に歯磨きをするのと同じようなものだ。
毎日欠かさずにやらなければ気持ち悪い。
ブラジュ人は調練を通して、今日という一日の始まりを実感する。

今日も元気よく朝の調練に参加してきた少女は、ラナ=シャット=ブラジュ。
ブラジュ家の次女で、ケーヴァリンにとって姉だ。
今年で11歳になるラナは、ケーヴァリンの2つ年上。
最近できた趣味は薙刀。
体を動かすのが好きな、元気な女の子だ。

少女というのは、同年代の男の子と比べて体が早く出来上がりやすいが、彼女はむしろ小柄な方だろう。
そんなところは、母親であるサラに似たらしい。
しかし、にもかかわらず長い薙刀を器用に振り回す姿は、自分が父親の子であることを、これでもかと物語っている。

ちなみに、長女はどこにいるのかというと、すでに病死している。
また、長男も3歳まで生きることができなかった。
次男は戦死。ほとんど事故のような不運が重なった上での戦士だったという。

ということで、ケーヴァリンは三男だ。
ブラジュ人にとって、戦死はよくあるものだし、免疫力が弱い子供が病死するのも、よくあることだった。
ただ、ブラジュ家には分家もあり、「スペア」はたくさんいる。
死が身近だからこそ、3人の子供が死んでも、「ちょっと多いな」程度で、特段、気にされない。

とはいっても、ブラジュ家の両親も人の親である以上、生き残っている子供たちには、特別愛情が注がれるものだ。

「あれ、お母様。ケイブはまだ帰ってないのですか?」
「そうね。でもさっきまで訓練でケイブをたっぷり「可愛がって」きたお父さんは帰ってきているから、ケイブもそろそろのはずよ。」
「な~んだ、つまんないの!
 父上がケイブを可愛がったんじゃボロボロになるんだから、私がケイブを可愛がれないじゃない!」
「大丈夫よ。ラナ。お父さんに聞いたら、ケイブはすぐに復活できる程度に止めたみたいだから、夕方にはちゃんと可愛がれるわ。」
「そう!ならいいわ!」

左腕を包帯に巻かれているのに、何を言っているのか。
しかし、ブラジュ領の人間は怪我の直りが早い。
さすがに打撲が夕方までに治るほどではないが、片手で薙刀を振り回せるほどには回復してしまうのだろう。

「じゃあ、ケイブが帰ってきたら、早く回復するようにお姉ちゃんが看病してあげるわ。」
「あらあら。じゃあラナにお願いしようかしら?」
「任せて!」

怪我をするというのも、大事な調練の一環だ。
戦場では、けがによって生じる一瞬の怯みが、死につながる。
そのため、普段から怪我や痛みに慣れておくことは命を守ることと同義だ。
とはいっても、あえてひどい怪我をさせるような「いじめ」はしないし、する必要が無い。
常に本気で調練をするブラジュ人にとって、凶器を持てば「死合い」の始まりだ。
怪我をするなど当たり前、平和なブラジュ領の光景だ。

「でも、夕方までダウンするなんて、『すぐに復活できる程度に止めた』にしては、結構、やられちゃったのね」
「いいえ、休めば昼には復活する程度だそうよ」
「え?じゃあなんで可愛がれるのが夕方なの?」
「それは、お昼に母がケイブを可愛がるからよ」
「ずるいずるい!」
「うふふ」

ブラジュ人の愛情は、武器に宿る。
家族からの愛情を一身にぶつけられるケイブだが、もはや慣れっこだ。
この世界に転生して早9年。
もともと適応力の高かったケイブは、見事に染まったものである。

………
……


しばらくして、体中に可愛がられた跡を残したケイブが帰ってきた。
ボロボロではあるものの、すでに「朝食が食べられる程度」には回復しているケイブ。
家族の温かい視線に迎えられながら、朝の執務を終えたヒムシンも加わって朝食を囲う。

父が音頭を取って自然の恵みに対して感謝を捧げる。

いまだ成長期のただ中にある二人の子供の胃袋は、どれだけ詰め込んでもすぐに空になる。
食事の内容は、豆と野菜のスープにパン。
いつもと同じ、平和なブラジュ領のよくある光景だ。

最近では、東から流れてきた「米」に目を付けたケイブによって、実験的に稲作が始められたが、まだ量は少ない。
だが、食卓には獣の肉が添えてられており、体を作る動物性たんぱく質は十分に取れている。
山狩りによる獲物も混じっているものの、ケイブの農法によって家畜の食料も確保できるようになり、
最近になって牧畜の頭数が増えつつあるのだ。
その成果は、こうして徐々に、食卓に肉が並ぶまでになっている。

食事内容は、もはや、贅沢をしているといっても過言ではない。
ブラジュ領自体は質素であっても貧困と表現する人はいなくなった。

今後は、より一層、本村だけではなくブラジュ領全体で同様の施策が普及されていくだろう。
人間である以上、これまで食糧問題には常に頭を悩ませてきたが、これからは如何に人口を増やすかに頭を悩ませ、ブラジュ領の武威を天下に轟かせられることに注力できる。

ヒムシンは、思わずにやけてしまいそうになる衝動を抑えながら、息子との他愛もない会話をする。

「ケイブ、今日の調練はどうだった?」
「はい父上。剣を振り下ろすのに、余計な力が抜けてきたように思います」
「うむ」

何の気負いも無く、淡々と答えるケーヴァリン。
剣を振り下ろすための体の使い方に、慣れてきているのはヒムシンから見てもその通りだった。
まだ成長期のため、無理はさせられないが、この調子なら新しく出来上がっていく体にもすぐに対応できるだろう。
ごく一般的に行われる、ブラジュ人の平和な親子の会話だ。

「『己を知る』こと。これこそまさに、剣を使う上で最も重要な要素だが、お前はすでにそのことに気付いているのだろう。」
「いえ、まだまだ、わからないことだらけです。」
「そりゃそうだ。まだ戦士の首を落としたことも無ければ、戦争を経験したわけでもない。
一度でも人を斬ったり、戦場の空気を感じれば、わかることは増えるだろうけどな。」
「あ、お父様!あたしもまだ首を獲ったことないわ!
首を獲るって、どんな感じなの?」
「ん?どんな感じと言われてもな、ラナ。
別に普通だよ。
そりゃ、最初の一回は嬉しかったけど、二回目以降はなんというか、「やって当たり前」みたいな感じかな」
「ん~ん?どういうこと?」
「例えば、今、ラナはパンを二つにちぎっているだろ?それってどんな感じかな?」
「どうって言われても、別に普通よ?」
「だろ、首を獲るのもそんな感じだ。別に普通だよ」
「そっか!こういう感じなのね!わかったわ!」

勢いよくパンをちぎり、口に頬張るラナ。
これもまた、ごく一般的に行われる、平和なブラジュ人の父と娘の会話だ。

「それでだ、ケイブもそろそろ「着剣の儀」をしよう。」
「あら、あなた。もう「着剣の儀」を執り行う頃なのね。時が過ぎるのは早いわ。」
「そうだな。4年前の火入れの儀が、昨日のことのようだ。」

着剣の儀。
これは、今後の人生において、常に肌身離さず持ち歩くことになる「短刀」を受領する、宗教的儀式だ。
そして、火入れの儀と同じくらい、重要な儀礼がこの着剣の儀である。

ブラジュ家は鍛冶師ではないにせよ、聖職者でもある鍛冶師をとりまとめており、祭主として儀式を独占している。

ところで、ブラジュ家がなぜ「お館様」としてブラジュ領を統治出来てこれたのか?
実力社会のブラジュ領の歴史において、当然のことながら、常に軍事的な能力に秀でた当主を排出できたわけではない。
であれば、世代によって、ダメな当主が領内の誰かにとって変わられるタイミングなど、いくらでもあっただろう。
しかし、現実にはそうならずにブラジュ家が常に統治を維持してこれた。
その理由こそ儀式の独占だ。

祭祀の具体的なやり方は、ブラジュ家の門外不出の秘伝である。
これが、統治の正当性と権威を担保している。
ブラジュ家にとって、儀式を独占していることは「統治すること」と同義だ。

―――ブラジュ家しか、正しい祭祀のやり方を知らない。お前らが変な儀式をして、どんな天罰があっても知らんよ?

力が支配する社会でも、秩序は必要だ。
いや、むしろ、秩序の必要性が身に染みていると言える。
そんな実力社会だからこそ、権威というのは重要視されるのだ。

そしてもう一つ、着剣の儀が重要視される、もう一つの理由がある。

「ケイブの着剣の儀、楽しみね!一体、どんな神力が宿るのかしら?!」
「そうね~。楽しみね~。」

この世界には、いわゆる「魔法」が存在する。
しかし、「魔法」は地域によって呼び方が変わっており、ここでは「神力」とよばれる。
そして、この地では、神力は武器に宿らせるものであり、神力が宿った武器を「神器」と呼ぶ。

この神器を作るために必要なのが、火入れの儀。
そして神器に宿った神力を引き出す最後の一押しが、着剣の儀なのだ。

ブラジュ人全員が着剣の儀を執り行う以上、全員が多かれ少なかれ、神力を扱える。
この神力は、決して「ファイアーボールを出す」とか、「無から水を出す」ような芸当ができるわけでは無いが、
身体能力を高めるなど、「超人」になる力として現れる。

ブラジュ人の怪我の直りが早いのも、この神力のおかげだろう。
山狩りの際、稚児衆として参加した子供たちは、この着剣の儀をまだ済ませていない集団の事だ。
着剣の儀を行い、神力によって身体能力が飛躍的に向上したら、あの青年のように「若衆」と呼ばれる集団に属する。
この若衆から、ブラジュでは一端の「戦力」としてカウントされるのだ。

ケイブの姉であるラナもまた、小さい体で鉄製の大きな薙刀を軽々と担いでいる通り、着剣の儀を済ませた「若衆」である。

「ハッハッハッ!神力は授かりものだから、ケイブがどんな神力をいただいてもよい。まあ叶うならば俺と同じ、敵を打倒すのに有利な筋力のバフ系が良いかもな。」
「お父様!筋力は、強い敵を倒すには便利だけど、多くの首を獲るためなら、あたしみたいな『早駆け』が便利だわ!」
「あら、そもそも有利な状態で敵を補足することも重要だから、母のような『察知』も便利よ。あるいは『遠見』や『第六感』なんかもいいんじゃないかしら?」
「ケイブはサラに似た目鼻だちをしているからな。案外、神力も似るかもしれないな。」
「お父様!私だってお母さまに似てるのに、神力は似てないんだから、わからないでしょ!」
「はは、そうだな。いずれにせよ、たくさんの首を取れる力を授かれるから、何でもよいがな。」

会話が自然とバーサーカーみに溢れるのも、慣れたものだ。
子供の神力と、将来挙げる首の数に思いをはせる。
これもまた、平和なブラジュのよくある光景だ。

と、この時、

「あら?食事中の時に、珍しいお客さんね?」
「ん?どうしたサラ?」
「あなた。アギンが来たようですよ」

コンコン。
扉がノックされる。

―――どうしたんだろう。何かあったのかな?

「お食事中失礼します。アギンです。」
「どうした?入れ」

食事中、一家団欒に水を差すなど、普通はしない。
「後にしろ!」と叱り飛ばされてもおかしくないだろう。
しかし、その相手がアギンとなれば話は別だ。
この忠実な男が、理由も無く、そんな無粋な真似はしない。

この短いやり取りに、二人の信頼関係がよく表れている。

そんなことを考えながら、入出したアギンを観察するケイブ。
入室した男の表情を見るに、どうやら、何か嬉しいことがあったようだ。

「御大将!朗報です!」
「なんだ。どうした?もったいぶって。」
「たった今知らせが入りました。
周辺勢力の連中が、戦支度をはじめています!」
「なに!具体的にはどの連中だ?」

「周辺全部です!」

一気にこの場の全員が(一人を除いて)狂喜乱舞する。

やれやれ。
いつもの平和な「非日常」が終わり、ブラジュに「日常」が戻ってくる。

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