バーサーカー戦記 ～転生した文系男子が学問の力で切り開く道～

とある屠殺場

「御大将、始まったみたいですぜ」
「みたいだな、アギン。俺にも聞こえた。」
「どうやら、完璧に決まったみたいですね。奴さん、慌てふためいてますよ。」
「よし、この機を逃さず攻撃だ。
それにしても、敵は慌ててるな。見ろ、アギン。南の端、稜線に沿ったところなんか、すでに崩れかかっている。」
「はるばる攻めてきたのに、あの慌てよう。いったい何しに来たんですかね？」
「ピクニックだったら、悪いことしたな。」
「違いありませんね。」

軽口を言い合う主従。
だが、その目は真剣そのもの。
こうして今も、淡々と機を伺っている。
今は優位だが、あくまでブラジュ軍は少数。
決して油断はできない。

敵の布陣している場所は、川の下流。

「ハッーハあーッァッ」
「ヒッ！」
「落ち着け、敵は山頂だ、木の陰に隠れろ！」
「ンァー、いてぇ！」
「アァアア！足が！！！」
「ヤベエ、やべえ！」
「おい！逃げるな！踏みとどまれ！」

そこへ、山の南西一帯に配置したブラジュ軍の別動隊が、高所から投石や弓矢を浴びせかけている。
投石紐から繰り出される質量兵器は、ブラジュ人の腕力から繰り出されると、もはや砲撃だ。
当たったら即死、「打ち所が悪ければ」苦しんで死ぬ。
かすっただけでも戦闘不能になる場合が多い。

突如として、周囲の高所から、どこからともなく「死」が降ってきて、さっきまで生きていた隣の兵士の頭を吹き飛ばすのだ。
パニックになるなという方が無理であろう。

「御大将！やはり、弱った敵の南端の一角を、味方も崩しにかかってるようです。攻撃が集中し始めました。」
「よし！ではこのまま最後の一押しをする。東から突っかけよう！」
「決戦兵力の投入ですね、了解！」

即座に最精鋭の部隊を移動させ、突撃体制を整えるヒムシンとアギン。
敵は目と鼻の前だが、隊を立て直すのに必死で気づく様子はない。

「生き残ってるやつはこの旗に集まれ！敵が駆け下りてくるぞ！備えろ！」
「はい！」
「おい、こっちだ！集まれ！」
「なんでもいい、盾になるやつを持ってこい！」

投石と弓が雨となって降り注ぐ中、敵の一部の部隊が旗を掲げ、ここに部隊が健在であることを示す一団がある。
突如として攻撃され、どうしていいかわからなくなった兵士は、この旗の下に自然と集まり、「命令してくれる安心感」を享受する。
そうして、徐々に隊を一つにまとめ立て直しているのだ。

「ほう、御大将。敵にも優秀な指揮官がいるようですね。」
「ああ、素晴らしい。そうこなくっちゃな。」
「ええ、あれは間違いなく手柄首ですね。」

人の群れというのは、パニックが伝播しやすい。
複数の固まった集団が逃げ始めれば、どんな勇者であっても、一緒に逃げたくなるものだ。
それでも、一部の隊を踏みとどまらせ、振り返らせ、武器を構えさせるのは敵ながら賞賛に値する。

―――ぜひともあの首を庭に飾りたいものだ。

そうして、ブラジュ軍別動隊の投石の勢いが衰え始め、いよいよ山の高所から敵兵が逆落としをかけて来るかに思われたその時！

「ブラジュ人！行くぞ！出撃！」
ーー！！ーー！！！！！ーー！！ーーー！！！ーーーーーーーーーー！

突如として戦場の東側から爆音が鳴り響いた。
300人程度のブラジュ人の一団が一斉に上げた声は、もはや「声」としても認識できない。

そのまま、ものすごい勢いで突っ込んでくるのだ。

「駄目だ！」
「ヤバイ！」
「ははは！はは！ははあはははははははははは」
「くそ、逃げるしかないか…」

反対側の山の斜面を警戒していた部隊は、これで完全に不意をうたれた形となり、もはや武器を構えることもなく、敗走を開始する。
パニックが大きなうねりとなってしまっては、もはや踏みとどまることは不可能だ。

人は、死が迫りくる恐怖が来たら、無駄口も悲鳴も上げてる暇が無くなるのだろう。
最初の一言目で驚きを発した後は、逃げるのに必死だ。

こうなると、大兵力であればあるほど、一度瓦解した軍を立て直すのが困難になるのだ。
この突撃が決定打となり、まだ300人のブラジュ軍精鋭部隊は接敵してすらいないのに、勝利が決定づけられた。

大将首以外は、討ち捨て。
追撃戦こそが最も敵に被害をださせ、戦果を拡大するのだ。

―――あとはブラジュ人の武威を脳髄に刻み付けてやろう

この戦場は、一方的な屠殺場へと変貌する。