選ばれたのはケモナーでした

竹端景

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第一章の裏話

追話 使用人の日記より執事カルドの日記 ④

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 将校の包帯の下の瞳は、白く、眼球は赤黒かった。それは魔族に従う者特有の瞳だった。

「偉大なる…魔族様からな!」

 何故だか、反応できなかった。私だけでなく、奥様もだ。それにもっと早く気付いていれば、運命は変わっていたのかもしれない。

「奥様!」
「大丈夫!…脇をかすめただけです」

 腹部を、大事なお子が傷つけられたかと錯覚したが、奥様は刺し貫かれる瞬間にスキル『残像ざんぞう』を使って直接の攻撃を避けられたようでした。
 すぐに距離を取られましたが、腹部を狙われた衝撃が、抜けられておられなかったのか、反撃をなさっておられませんでした。

 私は、奥様を傷つけた愚物の首をはねようと、自分の剣を振りかぶり、首元めがけて、振り抜いた。
 魔族に従うただの人間ごとき、獣人の腕力でねじふせれます。

 だというのに、負傷者の一人が、やすやすと止めた。

「馬鹿な!」

 剣で受け止めたのならば、驚くことではない。たが、その兵士の一人は、腕で、私の剣を防いだのだ。
 驚愕きょうがくし、身を固めてしまっていた私は、敵の蹴りを受けて、吹き飛ばされた。

「カルド!油断するんじゃねぇ!」

 ヴェルム様は、右手に、半分は斧、もう半分は金槌になった武器を握り、左手一本で私を受け止めた。

「申し訳ありません」
「カルド。認識がだいぶ鈍らされてるな。『看破』はそんなに使わねぇからな…ありゃ、魔族だ」

 その言葉を待っていたかのように、怪我をしていた兵士の一団は、人化の魔法を解いた。いや、あれは、人化の魔法ではなく、生皮を着込んでの人化のようであった。

 魔族と対峙するのは、初めてではなかった。それゆえ、魔族の匂いを覚えていた。それに、救護地には、人化の魔法を使って魔族が潜り込んだら、警報が鳴るようになっていたのだ。

 油断をしていた。

 奥様を傷つけた愚物のみが人間で、残りの十五人は全て魔族であった。

「見よ!魔族様の力を!」

 魔族の襲撃に気付き、護衛として駐在していた兵士と、負傷が軽度に回復した兵士達と協力して、奴等を迎え撃った。

 魔族をたった五人減らすまでに、救護地いたおよそ二百人。負傷者を合わせて、五百人近くまでいたが、息をしているのは、百人と少し程度になっていた。

 奥様は、負傷しながらも、魔族の魔法を弾き返し、負傷者を守られていた。

 私と、ヴェルム様で、三人仕留めたが、私は、左手を負傷。ヴェルム様は、額を斬られて流血していた。

 防戦一方になっていた理由は、魔法の威力が低くなっていたことだ。
 負傷者を回復させようにも、効果が薄く、強化の魔法も効果が薄くなっていた。

 魔族がいるだけで、精霊は力を貸しづらくなる。魔族のけがれを嫌い、精霊が寄ってこないといわれていた。しかし、魔力が強ければ、精霊の力を強く借りれることかできた。
 あの場にはまるで精霊を苦しめるなにかがあったのかもしれない。

「二つ名持ちだって、この有り様だ!あはははは…ぐっ」

 傷だらけの私達を高みの見物していた愚物の胸からは、魔族の腕が生えていた。

「魔族様…俺は、味方…」

 信じれないと目を見開き血反吐を吐き、愚物は死んだ。

「あっはぁー!虫と仲良くするのか?あっはぁー!人間ってのは!気持ち悪いなぁー。ふふふふ。あはははは」

 魔族が、私達の言葉を話した。やたらと甲高い声で、その声を聞くと、不快感と、覚悟が同時に起った。
 一部の言葉を繰り返す魔族の習慣は、精神が破たんした者の会話のようだった。

 魔族が、私達の言語を使えるということは、この魔族は長く生きている。

 魔族内には、魔王を頂点とした爵位制度があるのは、確認されていた。私達と話せるだけで、爵位を持っている魔族だとわかった。

 一度、爵位を持つ魔族の討伐に、軍と冒険者の合同で戦ったことがある。その時ですら、私達は満身創痍だった。
 ルワント様が、時の精霊に力を借りて、旦那様が強化と補助の魔法を放ちつつ、攻撃の魔法をお使いになられ、私とヴェルム様、兵士と冒険者達一丸となって、戦った。

 精鋭千人。三百人が死に、百人は兵役と冒険者としての勤めが果たせない身体になった。

 今の私達では、どこまでいけるかわからない。

 魔族は、そんな私達には、興味がないように、貫いた愚物を、切り裂いた。はらわたがぶちまけられ、頭部を引き抜き、ボールのように、片手で放り投げながら、玉遊びをしていた。

「んー。目的は果たしたけど、美味そう肉の匂いだよ、あっはぁー!そうだ!ご褒美だ!食べよう!あっはぁー!」

 ごりっと、頭部の半分をかじった。わざと嫌な音をたててそいつは咀嚼そしゃくした。

「あっはぁー!もっと美味しいと思ったのになー!やっぱり、子供と獣人が一番だよ、あっはぁー!」

 魔族は、そういって、私を見た。

「ちょっと味見させてよ」

 そう呟いて、瞬時に私に詰め寄ると、長く伸ばされた、赤黒い舌が、私の頬をなめようとした。血濡れた右手が私を捕らえようと伸びてくる。

 私は、剣をもって、応じた。

「寄るな、触れるな。貴様ら魔族は、必ず殺す」

 腕をはね飛ばそうと振るった剣は、深く切り裂くにとどめた。

 硬い。魔族の皮膚にしても、かなり硬い。

「あっはぁー!強いねー!でも、君は英雄にはなれないねー。あっはぁー…そこに英雄がいるね、あはははは」

 奥様を見つめると、残りの九人の魔族が一斉に、奥様を取り囲んだ。

「そう…私を殺すのが目的なの?でも、これくらいでは、死なないわ…踊りなさい!」

 奥様は、三人の魔族の首をはね、一人の魔族を重傷にした。

 私とヴェルム様も参戦して、残りの魔族をどうにか、始末した。すでに全身は己の血で真っ赤になっている。

 だが、嫌に簡単に始末できたことに、私達は気付かなかったのだ。

「あっはぁー!乗ってくれてありがとう!殺したね?殺したね?殺したね!もう、死ぬよ?もう死んじゃうよ!あっはぁー!…魔霊よ、呪え。我等の祝福を!『カースバインドロック』あははははははははは!」

 魔族が、君の悪い笑い声とともに、詠唱を始めると、始末した魔族達の身体が、ゆるゆると煙のようになり、奥様の身体にまとわりついた。

「なっ!なに!これ・・・!」
「奥様!」

 私が叫んでいる間に、その煙は、奥様の傷口に入り込んだ。
 すると、奥様は、腹部を抑え、苦しみ出された。

「ぐあぁぁ…くっ…カ…カル、ド。ティスを…ティスを呼んで」

 すぐに私は、旦那様から渡されていた魔石を割った。もしもの時には、すぐに割るようにいわれていたのに、なぜだか、浮かばなかった。

 倒した魔族のどれかに、認識阻害にんしきそごか、混乱をかけられていたと、後から気づいたのだ。

 ヴェルム様は、雄叫びとともに、武器を振るわれて、魔族の上半身を切り離された。ミスリルでできた斧が、魔族一人を切り離すだけで、役目を終えたように、ぼろりと崩れ壊れた。
 ミスリルでできた斧が崩れ落ちる。それは呪物を壊したときに起きる作用だった。魔族は己の体を呪物に変えていたのだ。
 その、対象は…。

「おい、ゴミ。奥方に何をした。死ぬ前に教えてくれねぇか?なぁ、おい」

 舌打ちをしながら、頭部を踏みつけてヴェルム様は、魔族を詰問きつもんした。
 魔族は、にやりと笑い、一際ひときわ気味が悪い笑い声をあげた。

「あっはぁー!…何もしなくても…もう死んじゃうのに、酷いやぁ…教えてあげるよ、虫けらぁ。我等の獲物は英雄…未来の英雄だ…英雄の子供は…我等の…に…魔王様…万歳…あっ…はぁ…」

 そういって、魔族は砂となった。本来は肉体が残るが、砂になるということは、魔族は全ての魔力と生命力を使って、奥様に呪いをかけたのだ。

 そう思った、私はルワント様を探しに急ぎその場を離れた。
 私がいない間のことは、ヴェルム様からお聞きした。

「ディアニア!」

 旦那様は、ゲートですぐに救護地へとこられ、苦しむ奥様の元へと駆け寄られました。

「ティス…ごめんな…ぐぅぅ!」

 奥様は、傷だらけの旦那様をみて、無理にきたことを察せられたのか、謝罪の言葉をかけられた。

「喋るな!大丈夫だ!このくらいの傷、すぐに治す!精霊よ!力を貸してくれ!『ホースキュア』」

 旦那様は、最上位とされる回復魔法を、奥様にかけられた。傷口は、膿んでいた。毒が入ったのだと思ったのだろう。

「何故…!こんな浅い傷が塞がらない!」
「旦那様!ルワント様をお連れしました!」
「カルド!すまない、ルワント!妻を…!ディアニアを助けてくれ!」

 私は、ルワント様を見つけ出し、ルワント様のゲートと一緒に戻ってきたが、わずかな時間で奥様の傷口が、どんどん壊死していっていた。

 ルワント様は、解呪の詠唱をすぐにはじめられた。

「偉大なるボージィンに従いし巡る時の精霊よ!我が魔力、我が祈りをかてに、盟約の元、我が声を聞き届けたまえ!『アンチカース』!」

 奥様を七色の光が包み込み、体内に入り込んだ不気味な紫色の煙を追い払った。そうして、再度、旦那様は魔法をお使いになり、感謝をのべると、王都へとゲートを開かれた。

 ルワント様は、私とヴェルム様のところへ、情報を求めに来られました。

魔霊まれいが、直接体内に入っているようだった。あんなもの、見たことがない。それに、どうしてだ?どうして、兵士の中に裏切り者が」
「兵士だけじゃねぇ」

 ヴェルム様は、そういって、魔族が使っていた剣を持って来られた。

「最初は一瞬だったからな。だから『鑑定』のスキルを使う暇がなかったんだが、実物をみて、確信した。あいつらが使ってた武器の形状…ありゃあ、明らかに、お前らもみたことあんだろ…ほら」

 下半身が打ち捨てられた愚物の剣を指差された。

「友軍じゃねぇ。あいつらは、魔族に寝返った裏切り者だ」

 すぐに私は、お屋敷に戻った。ルワント様にゲートを開いていただいたので、時間はかからなかった。
 お屋敷には、静寂が訪れていた。

 魔法は、何でもできる。だが、酷く肉体が衰弱している時に、何度も重ねた回復の魔法は毒となる。

 王宮から王直属の筆頭医務官であるクレトス・ザクス様を、旦那様は呼ばれていました。王との、もしもの時に、医務官を派遣するという約定やくじょうは守られたようでした。
 ザクス様の調合した薬は、体に負担をかけることもなく、魔法のようにほぼ瞬時に治癒効果があります。だからこそ、みなザクス様に頼るしかなかったのです。

 お屋敷は精霊の加護が強く残っている土地に建てられており、少しでも魔族から受けた傷を癒すため、旦那様は奥様たちをお連れしていました。

 しばらくたって治療を終えたザクス様が部屋からでてこられました。

「ザクス殿!妻の容態は…!」

 真っ青になられた旦那様は、ザクス様に駆け寄られた。

「フェスマルク首席殿。奥方は無事です」


 安堵あんどのため息が、みなから漏れた。
 だが、ザクス様の言葉で再度みな凍りつく。

「残念ながら…お子様の気配が…ありません」

 旦那様は無論、私達は、言葉の意味がわからなかった。今朝まで、お屋敷にいる全員が幸せでした。なのに。

「気配が…ない…」

 旦那様は茫然しておいででした。

「医務官として、首席ロイヤルメイジ殿に申し上げる。貴殿の奥方のお子は…助けられませんでした。すでに、魔族によって、命を絶たれておりました」

 私が自責の念にかられる前に、ザクス様は悲痛な表情で、残酷なことをいわれた。

「お辛いところに、さらに申し上げる。胎児だけでなく、母体にも影響がでております」

 時が戻せるなら、私は、息子の言葉を信じたでしょう。

「もう、お子は…望められないでしょう」

 私は、求めていた戦場で、守るべきものを、何一つ守れず、失った。
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