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第三章の裏話
追話 エセニアの冒険 ⑧
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私が三歳か四歳の頃です。
あの頃、旦那様は仕事に忙殺され、疲れはててお戻りになり、奧様もお体が悪く一日の大半をふせっておられました。
それでも旦那様は必ずお屋敷に戻ってこられ、奥様のお加減がよければ、お茶を一緒に飲まれていました。
そのとき、奥様は私を膝の上にのせて、お菓子を食べさせてくださったりされていました。
あの頃のお屋敷はあまり人がいませんでした。
父さんは今でこそ笑うようになりましたが、あの頃は一度も笑顔をみせたことはありませんでした。
母さんもどこかよそよそしくて、部屋の外に出てはいけないと何度も叱られました。
ランディおじさまが遊び相手になってくれたりしていましたが、それでも私はほとんど一人で遊んでいました。
一兄さんは武者修行といって、屋敷には戻ってきません。
次兄さんは賢いから王都に留学していて、三兄さんも魔法の才能があって学園に幼いながら行ってしまっていた。
そんな中で広いお屋敷は子供の私にとっては宝箱のようなものでした。
どの部屋にも興味をひくものばかりで、母さんから入ってはいけない、触れてはいけないといわれたもの以外は怒られもしませんでした。
思えば母さんは私よりも、奥様のことしか目にはいってなかったのでしょう。
幼かった私はそれがなんだかさびしくて、嫌で…あの日、爆発してしまった。
決して入ってはいけないといわれていた部屋を開けてしまったのです。
「わぁ!すごぉい!」
中にはぬいぐるみや、真新しい机。綺麗でふかふかのベッド。
小さな靴まで置いてありました。
「だれかいるんだ!」
私以外に子供がいるんだと思って、部屋中を探しても見当たりません。
衣装をみれば、どんな子がいるかわかると、思って衣装棚を開ければ、私が奥様から頂いたような女の子らしい服は一切なく、たった一着だけ男の子の服がかかっているだけでした。
きっと男の子なんだ!
そう思って怒られるのも忘れて私は浮かれてしまっていました。
「奥様!」
お茶を楽しんでいた奥様に飛びかかるように抱きつくと、奥様は驚きになられながらも私を膝の上に抱き上げられました。
「エセニア!奥様に失礼ですよ!」
「いいのよ、フィー。なにかしら?」
母さんが顔を真っ赤にして私を引っ張る叱りますが、奥様は私を叱るどころか、私の頭をなでながら、優しく尋ねられました。
「あのね、奥様…私、会いたいの!」
「会いたいって誰に?」
それなのに、私は酷いことをいってしまいました。
「あのお部屋の男の子!」
さっと顔色を変えられた奥様から母さんは、私を引き離しました。
そしてぱんっと音をたてて、母さんに私はぶたれていました。
とても痛くて泣きました。なぜ、母さんは私をぶったのかわからなかった。
それまで、たたかれたことなんて、なかったんだもの。
「叩くことないじゃない。大丈夫?エセニア?」
奥様は私をまた抱き上げてぶたれたほほを優しくなでてくれた。
「ほら、泣かないで…痛くないわ」
「ひっく…なんで!私あの子と遊びたいのに!」
私がそういうと奥様は優しく語ってくれた。とても悲しい話だった。
「あの部屋はね…私の子供の部屋なの。たぶん、男の子だったと思うの…あの子よりエセニアの方がお姉さんかしらね…それでね、祝福の日に着せる服を用意したの」
祝福の日は来年に行うんだから、男の子はいないといけない。
私は奥様に聞こうとしたの。でも、奥様は悲しそうに笑っていうの。
「でもね…あの子いないの」
「どうして?私会いたいのに…」
そうしたら奥様はあの綺麗な赤い目から止まらないほど涙を出しちゃった。
「ごめんなさいね…あの子は遠くに行ってしまったの…ごめんなさい…」
奥様だけじゃなく母さんも泣いている。
私、なにかしちゃったんだ。
「ご、ごめんなさい」
謝ったら、奥様は私の首を締めてきた。
とても、怖い顔でいつもの、優しい奥様じゃなかったの。母さんをみたら母さんも同じくらい怖くて、奥様と二人はかわりばんこに、私にいうの。
「貴女がなんで生きているの」
「貴女が死ねばよかったのに」
「貴女が代わりになればいい」
「貴女は生きるべきじゃない」
そして二人がいうの。
「はやくあの子に体をあげて」
怖くて奥様から離れてしゃがみこんで…でも私が悪いの…だって奥様を悲しませたから。母さんのいいつけを守らないで、勝手にお部屋にはいっちゃったから。
私が悪いの。
「ごめんなさい…ごめんなさい…私が…私が悪いんです…私が代わりに死ねば良かったのに…はやく、体をあげれるように…はやく」
そうしなきゃ。だって、私はいらないもの。
誰も私を必要としない。私がいなくなれば幸せになれるもの。
「おい、なにないてんだ?あそばないのか?」
そんな私に声をかけるのは誰?
「あなた、誰?」
うずくまっていた顔をあげれば、不思議と体が軽くなった。
目の前には、私の顔をのぞきこもうとしゃがんでいる男の子。
全然知らない子だ。
黒髪に深い青い瞳。でも、まぶたは腫れぼったくて、まるで寝起きみたい。
髪の毛だってあっちこっちに跳ねていて、子供だってのに、猫背で、なんでも知ってるみたいな生意気な顔付きで、なんだかこの子の前で子供っぽくいたくない。
「ん?なに、いってんだ?なげぇつきあいだってのに、ねぼけてんのか?ってか、せっかくのけもみみがへたってんぞ!うりゃうりゃ!」
「や、やめてよ!なによ、けもみみって!」
「あはは!」
グシャグシャと乱暴に頭をなでて、生意気なこといいつつ、私よりもずっと舌ったらずで、よくわからないことをいって!もう!
怒って立ち上がれば私より少し小さい男の子だった。なんだ、やっぱり私の方がお姉さんじゃない。
立ってもう一度顔をよくみるけど、こんな男の子は知らない。みたこともない。
「んで、なんでないてたんだー?だれかにいじめられたのか?だったら、おれがおこってやるぞ?」
見えない何かを殴るようにしているけど、格闘術なんてしたことがないのが丸わかりじゃない。腰がはいってない、へなちょこ。
なんだか、この男の子には私の気持ちが素直に吐けそうってなっちゃう。
「いじめられてなんかないもん!…私が悪いの…」
私が悪い。だからはやく…なんだっけ?なにかいわれていたはずなんだけど、なにをするんだっけ?
「なにがわるいんだ?」
男の子は首をかしげるから、私もかしげちゃった。
「えっと…私が産まれたから坊ちゃまは…」
そう…坊ちゃま…坊ちゃま?
「エセニアがうまれたからケルンはさびしくなかったんだぞ?おれがいうんだ、じしんをもて!」
どうして、私の首を名前を…ケルン坊ちゃまのことを?
そう、大事な坊ちゃま!
「えっ?あっ…そうだ…私」
そうだ。坊ちゃま!私なんで坊ちゃまを忘れていたの?
それに、あんな怖いことなかったわ。
あれは過去のことだけど、奥様や母さんは決してあんなことはいわなかった。
母さんだってあのあと、私を抱き締めて謝っていってくれたじゃない。
産まれてきてありがとう。
そういってくれてたじゃない。
もう私は子供なんかじゃない。
私の手はこんなに小さくない。坊ちゃまを、抱き上げることだってできるほど、私は大きくなっているんだ。
お屋敷も今では人が増えていて、毎日が楽しい。
つらい、悲しいなんてありえない。
「ほら、おれよりおねぇさんなんだから、はやくすませてこいよ!」
そういって、私を引っ張る男の子の着ている服をよくみればあの部屋にあった服。
それに、にっと笑った顔は坊ちゃまにうり二つで。
この子は、まさか。
「待って!貴方は!」
手を伸ばした先には何もありませんでした。
あるのは薄暗い洞窟で何かと一兄さんの後姿でした。
「目が覚めたか!妹!」
すこしふらつく視界が正常になってくると、一兄さんがいくつもの骨刀を打ち払っています。
その奥では若い姿のアルシンドが興味深そうに私をみています。
「…いったい何が…」
状況がわからないでいると、アルシンドが手をたたきました。けれども、音がしません。
「身共の術を破りおったか!身共の新しき肉体に相応しき女よ!」
術?新しき肉体?なんのことですか?
骨刀を全て砕ききった一兄さんが嫌そうに教えてくれました。
「アルシンドはお前の肉体を奪う気らしい…初めて言い寄ってきた男がこいつってのは、兄としては心配で仕方がないんだがな」
「…冗談でも質が悪い話です…やめてください」
あとで奥様に報告しますよ?
しかし、なんで私の肉体を欲するのでしょう?
「そこな男は忌々しい加護とすでに中になんぞいるが…女。お主は隙間があった…心地よさそうな隙間よ…さらによい心の隙間を作ったはずが…なにゆえ目覚めおった?」
なるほど。さっきの悪夢はこの男の術でしたか。私一人でしたら、アルシンドの思惑通り帰ってこれなかったかもしれません。
坊ちゃまからいただいたリボンすら貫いた術です。かなり、強力です。
ですが、一人ではありませんでした。
「生意気な男の子に助けられました」
「ん?誰にだ?」
一兄さんにはあとで…いえ、教えません。それよりまずは、教えてほしいことがありました。
「一兄さん、尸解仙について教えてください…倒せないんですか?」
尸解仙なんていう存在は聞いたことがありませんでした。対処方法もわかりませんし、なにより、一兄さんが倒していないというのが不可解です。
「武器がな…」
「武器?」
「尸解仙ってのは、肉体を捨てて仙人になるっていう術者の最終目標だ」
「仙人というのは?」
「仙人ってのは、いうなれば人間が精霊のようになるってことだ」
人が精霊に?そのようなことができる術があるなんて知りませんでした。
「ただな、そんな尸解仙ってのは、昔々の神話の存在だ。今の尸解仙ってのは、不完全存在なんだよ。肉体を捨てても肉体が消滅したら同じく消滅してしまう。だから錬金術で新しい肉体を用意するか…こいつみたいに、人の体に寄生しやがる」
ということは、アルシンドの肉体を破壊したことにより、新しい寄生先に、私を選んだということですか?…気持ち悪いにも、ほどがあります。
「よく知っておるな…お主…もしや勇者か?」
「くそ食らえ」
アルシンドの言葉に一兄さんは、反射的に返します。
勇者。そんな者がいるなら魔王をさっさと倒してほしいものです。そんな、お伽噺。坊ちゃまでも信じていませんよ?
「くかかか!俄然貴様の妹が欲しくなったぞ!」
なにやら、ものすごく気持ちがワルいことをいっています。
「一兄さん…奥様だけじゃなく、坊ちゃまにも一兄さんに、いじめられたといいますから」
「おい。濡れ衣じゃねぇか!やめろよ!坊ちゃまに、会えなくなる!」
だいたい、一兄さんがさっさとけりをつけないのが悪いのです。
そのせいで、こんな不快な気持ちになったんですから、責任をとってほしいです。
「さっさと帰れれば許します」
「あのなぁ…魔力が回復すれば、霊体用の技が打てる。それまでお前は油断をせずに」
「一兄さん、こいつは霊体といいましたね?」
「ああ。精神体だけではなく、丸ごと抜けているから、霊体になる」
「それを聞いて安心しました」
一兄さんの言葉を遮ってでも聞けてよかったです。これなら、私がここにらいる、意味があります。
王妃様はこれを見越していたのでしょうか?
「そういえば一兄さんには、まだ教えていませんでしたね」
私は足に力を込めます。霊体だから攻撃はきかないと思ったのでしょうね。障壁は張っていないようです。
「私、この度、旦那様から坊ちゃま専用お化け退治メイドに任命されました」
「んだ、その役職!?」
「私。お化けは得意なんですよ…ね!」
踏みこみ軽く一太刀。
本当に軽くでした。
「ぐぁぁぁぁ!なんだぁぁ!痛みだとぉ!」
ぼとりと右手が落ちてアルシンドが叫び声をあげました。
「どういうことだ!身共に痛みを与えるなど…ありえぬぞ!」
しゅーしゅーと煙をあげ落ちた腕を、急いで拾い上げくっつけています。やはり、首を狙わないとダメでしたね。
「…お前もしかしてその武器」
「ノーンです。旦那様からお借りしてます」
一兄さんに、教えれば口をぽかんと開けています。気持ちはわかりますが、集中力してください。
「マジかよ…簡単に使ってるから新しく買ったもんかと…お屋敷の家宝の一つじゃねぇか…国宝だぞ、それ…まぁ、坊ちゃまにってんなら納得だけどよ」
「使ってこそ…ですからね」
たまに害虫とかを潰しているのは内緒にしておきましょう。一兄さんは武具が好きな人ですから文句が多そうです。
「くか」
アルシンドがくっつけた腕をなでながら笑いだしました。
「くかかかかかか!面白い!面白いぞ!獣人の女よ!我が肉体にすれば、我が神がお喜びになると思ったが、そのような土産までつくとは!あなうれしや!」
アルシンドが繋いだ右手を地面にむけました。
するとそこに向けて風が…いえ、熱をもったなにかが集まりだしました。
「地脈から吸い上げてやがる!」
その指摘は正しいようでした。
「ひふみいつなやここのたりと…三界の海はなお荒れて、御霊もただ怨みをあげ」
アルシンドの詠唱はあまりに、濃密な空気を持っています。
「まずい!妹!ノーンでとめろ!」
「は…っ!」
左手から飛び出てきたのは、どろどろにとけた人の形をしたなにかでした。
しかも、十数体がアルシンドを、守る盾のようにして立ちふさがっています。
「がぁぁ!」
「邪魔です!」
ノーンでさ刺せば、すぐに崩れ去ります。一兄さんが残りを始末している間にアルシンドを!
「ゆらゆらとふる…きよきよ…いえぐはの社より…招来夜鬼」
詠唱が完成すると現れたのは黒い大きな卵でした。
すぐにそれ割れて中から産まれてきたもの。
それは、言葉にしがたい異様さをもっていました。顔のない蝙蝠の翼をもつひょろりとした異形。
視界に入った瞬間、強い吐き気に襲われれました。
「あまり、直視すんなよ…」
一兄さんが軽く背中を叩いてくれて、少しはましになりました。
異形はアルシンドを、守るようにその、翼を広げました。
どこまでも黒く深い闇夜のような翼でした。
「これが『宵ぐれのアルシンド』の秘術…さあ、永遠の眠りで死にゆけ」
腐臭を漂わせた翼がはためかせ、アルシンドは異形の体に入っていきました。
あの頃、旦那様は仕事に忙殺され、疲れはててお戻りになり、奧様もお体が悪く一日の大半をふせっておられました。
それでも旦那様は必ずお屋敷に戻ってこられ、奥様のお加減がよければ、お茶を一緒に飲まれていました。
そのとき、奥様は私を膝の上にのせて、お菓子を食べさせてくださったりされていました。
あの頃のお屋敷はあまり人がいませんでした。
父さんは今でこそ笑うようになりましたが、あの頃は一度も笑顔をみせたことはありませんでした。
母さんもどこかよそよそしくて、部屋の外に出てはいけないと何度も叱られました。
ランディおじさまが遊び相手になってくれたりしていましたが、それでも私はほとんど一人で遊んでいました。
一兄さんは武者修行といって、屋敷には戻ってきません。
次兄さんは賢いから王都に留学していて、三兄さんも魔法の才能があって学園に幼いながら行ってしまっていた。
そんな中で広いお屋敷は子供の私にとっては宝箱のようなものでした。
どの部屋にも興味をひくものばかりで、母さんから入ってはいけない、触れてはいけないといわれたもの以外は怒られもしませんでした。
思えば母さんは私よりも、奥様のことしか目にはいってなかったのでしょう。
幼かった私はそれがなんだかさびしくて、嫌で…あの日、爆発してしまった。
決して入ってはいけないといわれていた部屋を開けてしまったのです。
「わぁ!すごぉい!」
中にはぬいぐるみや、真新しい机。綺麗でふかふかのベッド。
小さな靴まで置いてありました。
「だれかいるんだ!」
私以外に子供がいるんだと思って、部屋中を探しても見当たりません。
衣装をみれば、どんな子がいるかわかると、思って衣装棚を開ければ、私が奥様から頂いたような女の子らしい服は一切なく、たった一着だけ男の子の服がかかっているだけでした。
きっと男の子なんだ!
そう思って怒られるのも忘れて私は浮かれてしまっていました。
「奥様!」
お茶を楽しんでいた奥様に飛びかかるように抱きつくと、奥様は驚きになられながらも私を膝の上に抱き上げられました。
「エセニア!奥様に失礼ですよ!」
「いいのよ、フィー。なにかしら?」
母さんが顔を真っ赤にして私を引っ張る叱りますが、奥様は私を叱るどころか、私の頭をなでながら、優しく尋ねられました。
「あのね、奥様…私、会いたいの!」
「会いたいって誰に?」
それなのに、私は酷いことをいってしまいました。
「あのお部屋の男の子!」
さっと顔色を変えられた奥様から母さんは、私を引き離しました。
そしてぱんっと音をたてて、母さんに私はぶたれていました。
とても痛くて泣きました。なぜ、母さんは私をぶったのかわからなかった。
それまで、たたかれたことなんて、なかったんだもの。
「叩くことないじゃない。大丈夫?エセニア?」
奥様は私をまた抱き上げてぶたれたほほを優しくなでてくれた。
「ほら、泣かないで…痛くないわ」
「ひっく…なんで!私あの子と遊びたいのに!」
私がそういうと奥様は優しく語ってくれた。とても悲しい話だった。
「あの部屋はね…私の子供の部屋なの。たぶん、男の子だったと思うの…あの子よりエセニアの方がお姉さんかしらね…それでね、祝福の日に着せる服を用意したの」
祝福の日は来年に行うんだから、男の子はいないといけない。
私は奥様に聞こうとしたの。でも、奥様は悲しそうに笑っていうの。
「でもね…あの子いないの」
「どうして?私会いたいのに…」
そうしたら奥様はあの綺麗な赤い目から止まらないほど涙を出しちゃった。
「ごめんなさいね…あの子は遠くに行ってしまったの…ごめんなさい…」
奥様だけじゃなく母さんも泣いている。
私、なにかしちゃったんだ。
「ご、ごめんなさい」
謝ったら、奥様は私の首を締めてきた。
とても、怖い顔でいつもの、優しい奥様じゃなかったの。母さんをみたら母さんも同じくらい怖くて、奥様と二人はかわりばんこに、私にいうの。
「貴女がなんで生きているの」
「貴女が死ねばよかったのに」
「貴女が代わりになればいい」
「貴女は生きるべきじゃない」
そして二人がいうの。
「はやくあの子に体をあげて」
怖くて奥様から離れてしゃがみこんで…でも私が悪いの…だって奥様を悲しませたから。母さんのいいつけを守らないで、勝手にお部屋にはいっちゃったから。
私が悪いの。
「ごめんなさい…ごめんなさい…私が…私が悪いんです…私が代わりに死ねば良かったのに…はやく、体をあげれるように…はやく」
そうしなきゃ。だって、私はいらないもの。
誰も私を必要としない。私がいなくなれば幸せになれるもの。
「おい、なにないてんだ?あそばないのか?」
そんな私に声をかけるのは誰?
「あなた、誰?」
うずくまっていた顔をあげれば、不思議と体が軽くなった。
目の前には、私の顔をのぞきこもうとしゃがんでいる男の子。
全然知らない子だ。
黒髪に深い青い瞳。でも、まぶたは腫れぼったくて、まるで寝起きみたい。
髪の毛だってあっちこっちに跳ねていて、子供だってのに、猫背で、なんでも知ってるみたいな生意気な顔付きで、なんだかこの子の前で子供っぽくいたくない。
「ん?なに、いってんだ?なげぇつきあいだってのに、ねぼけてんのか?ってか、せっかくのけもみみがへたってんぞ!うりゃうりゃ!」
「や、やめてよ!なによ、けもみみって!」
「あはは!」
グシャグシャと乱暴に頭をなでて、生意気なこといいつつ、私よりもずっと舌ったらずで、よくわからないことをいって!もう!
怒って立ち上がれば私より少し小さい男の子だった。なんだ、やっぱり私の方がお姉さんじゃない。
立ってもう一度顔をよくみるけど、こんな男の子は知らない。みたこともない。
「んで、なんでないてたんだー?だれかにいじめられたのか?だったら、おれがおこってやるぞ?」
見えない何かを殴るようにしているけど、格闘術なんてしたことがないのが丸わかりじゃない。腰がはいってない、へなちょこ。
なんだか、この男の子には私の気持ちが素直に吐けそうってなっちゃう。
「いじめられてなんかないもん!…私が悪いの…」
私が悪い。だからはやく…なんだっけ?なにかいわれていたはずなんだけど、なにをするんだっけ?
「なにがわるいんだ?」
男の子は首をかしげるから、私もかしげちゃった。
「えっと…私が産まれたから坊ちゃまは…」
そう…坊ちゃま…坊ちゃま?
「エセニアがうまれたからケルンはさびしくなかったんだぞ?おれがいうんだ、じしんをもて!」
どうして、私の首を名前を…ケルン坊ちゃまのことを?
そう、大事な坊ちゃま!
「えっ?あっ…そうだ…私」
そうだ。坊ちゃま!私なんで坊ちゃまを忘れていたの?
それに、あんな怖いことなかったわ。
あれは過去のことだけど、奥様や母さんは決してあんなことはいわなかった。
母さんだってあのあと、私を抱き締めて謝っていってくれたじゃない。
産まれてきてありがとう。
そういってくれてたじゃない。
もう私は子供なんかじゃない。
私の手はこんなに小さくない。坊ちゃまを、抱き上げることだってできるほど、私は大きくなっているんだ。
お屋敷も今では人が増えていて、毎日が楽しい。
つらい、悲しいなんてありえない。
「ほら、おれよりおねぇさんなんだから、はやくすませてこいよ!」
そういって、私を引っ張る男の子の着ている服をよくみればあの部屋にあった服。
それに、にっと笑った顔は坊ちゃまにうり二つで。
この子は、まさか。
「待って!貴方は!」
手を伸ばした先には何もありませんでした。
あるのは薄暗い洞窟で何かと一兄さんの後姿でした。
「目が覚めたか!妹!」
すこしふらつく視界が正常になってくると、一兄さんがいくつもの骨刀を打ち払っています。
その奥では若い姿のアルシンドが興味深そうに私をみています。
「…いったい何が…」
状況がわからないでいると、アルシンドが手をたたきました。けれども、音がしません。
「身共の術を破りおったか!身共の新しき肉体に相応しき女よ!」
術?新しき肉体?なんのことですか?
骨刀を全て砕ききった一兄さんが嫌そうに教えてくれました。
「アルシンドはお前の肉体を奪う気らしい…初めて言い寄ってきた男がこいつってのは、兄としては心配で仕方がないんだがな」
「…冗談でも質が悪い話です…やめてください」
あとで奥様に報告しますよ?
しかし、なんで私の肉体を欲するのでしょう?
「そこな男は忌々しい加護とすでに中になんぞいるが…女。お主は隙間があった…心地よさそうな隙間よ…さらによい心の隙間を作ったはずが…なにゆえ目覚めおった?」
なるほど。さっきの悪夢はこの男の術でしたか。私一人でしたら、アルシンドの思惑通り帰ってこれなかったかもしれません。
坊ちゃまからいただいたリボンすら貫いた術です。かなり、強力です。
ですが、一人ではありませんでした。
「生意気な男の子に助けられました」
「ん?誰にだ?」
一兄さんにはあとで…いえ、教えません。それよりまずは、教えてほしいことがありました。
「一兄さん、尸解仙について教えてください…倒せないんですか?」
尸解仙なんていう存在は聞いたことがありませんでした。対処方法もわかりませんし、なにより、一兄さんが倒していないというのが不可解です。
「武器がな…」
「武器?」
「尸解仙ってのは、肉体を捨てて仙人になるっていう術者の最終目標だ」
「仙人というのは?」
「仙人ってのは、いうなれば人間が精霊のようになるってことだ」
人が精霊に?そのようなことができる術があるなんて知りませんでした。
「ただな、そんな尸解仙ってのは、昔々の神話の存在だ。今の尸解仙ってのは、不完全存在なんだよ。肉体を捨てても肉体が消滅したら同じく消滅してしまう。だから錬金術で新しい肉体を用意するか…こいつみたいに、人の体に寄生しやがる」
ということは、アルシンドの肉体を破壊したことにより、新しい寄生先に、私を選んだということですか?…気持ち悪いにも、ほどがあります。
「よく知っておるな…お主…もしや勇者か?」
「くそ食らえ」
アルシンドの言葉に一兄さんは、反射的に返します。
勇者。そんな者がいるなら魔王をさっさと倒してほしいものです。そんな、お伽噺。坊ちゃまでも信じていませんよ?
「くかかか!俄然貴様の妹が欲しくなったぞ!」
なにやら、ものすごく気持ちがワルいことをいっています。
「一兄さん…奥様だけじゃなく、坊ちゃまにも一兄さんに、いじめられたといいますから」
「おい。濡れ衣じゃねぇか!やめろよ!坊ちゃまに、会えなくなる!」
だいたい、一兄さんがさっさとけりをつけないのが悪いのです。
そのせいで、こんな不快な気持ちになったんですから、責任をとってほしいです。
「さっさと帰れれば許します」
「あのなぁ…魔力が回復すれば、霊体用の技が打てる。それまでお前は油断をせずに」
「一兄さん、こいつは霊体といいましたね?」
「ああ。精神体だけではなく、丸ごと抜けているから、霊体になる」
「それを聞いて安心しました」
一兄さんの言葉を遮ってでも聞けてよかったです。これなら、私がここにらいる、意味があります。
王妃様はこれを見越していたのでしょうか?
「そういえば一兄さんには、まだ教えていませんでしたね」
私は足に力を込めます。霊体だから攻撃はきかないと思ったのでしょうね。障壁は張っていないようです。
「私、この度、旦那様から坊ちゃま専用お化け退治メイドに任命されました」
「んだ、その役職!?」
「私。お化けは得意なんですよ…ね!」
踏みこみ軽く一太刀。
本当に軽くでした。
「ぐぁぁぁぁ!なんだぁぁ!痛みだとぉ!」
ぼとりと右手が落ちてアルシンドが叫び声をあげました。
「どういうことだ!身共に痛みを与えるなど…ありえぬぞ!」
しゅーしゅーと煙をあげ落ちた腕を、急いで拾い上げくっつけています。やはり、首を狙わないとダメでしたね。
「…お前もしかしてその武器」
「ノーンです。旦那様からお借りしてます」
一兄さんに、教えれば口をぽかんと開けています。気持ちはわかりますが、集中力してください。
「マジかよ…簡単に使ってるから新しく買ったもんかと…お屋敷の家宝の一つじゃねぇか…国宝だぞ、それ…まぁ、坊ちゃまにってんなら納得だけどよ」
「使ってこそ…ですからね」
たまに害虫とかを潰しているのは内緒にしておきましょう。一兄さんは武具が好きな人ですから文句が多そうです。
「くか」
アルシンドがくっつけた腕をなでながら笑いだしました。
「くかかかかかか!面白い!面白いぞ!獣人の女よ!我が肉体にすれば、我が神がお喜びになると思ったが、そのような土産までつくとは!あなうれしや!」
アルシンドが繋いだ右手を地面にむけました。
するとそこに向けて風が…いえ、熱をもったなにかが集まりだしました。
「地脈から吸い上げてやがる!」
その指摘は正しいようでした。
「ひふみいつなやここのたりと…三界の海はなお荒れて、御霊もただ怨みをあげ」
アルシンドの詠唱はあまりに、濃密な空気を持っています。
「まずい!妹!ノーンでとめろ!」
「は…っ!」
左手から飛び出てきたのは、どろどろにとけた人の形をしたなにかでした。
しかも、十数体がアルシンドを、守る盾のようにして立ちふさがっています。
「がぁぁ!」
「邪魔です!」
ノーンでさ刺せば、すぐに崩れ去ります。一兄さんが残りを始末している間にアルシンドを!
「ゆらゆらとふる…きよきよ…いえぐはの社より…招来夜鬼」
詠唱が完成すると現れたのは黒い大きな卵でした。
すぐにそれ割れて中から産まれてきたもの。
それは、言葉にしがたい異様さをもっていました。顔のない蝙蝠の翼をもつひょろりとした異形。
視界に入った瞬間、強い吐き気に襲われれました。
「あまり、直視すんなよ…」
一兄さんが軽く背中を叩いてくれて、少しはましになりました。
異形はアルシンドを、守るようにその、翼を広げました。
どこまでも黒く深い闇夜のような翼でした。
「これが『宵ぐれのアルシンド』の秘術…さあ、永遠の眠りで死にゆけ」
腐臭を漂わせた翼がはためかせ、アルシンドは異形の体に入っていきました。
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