選ばれたのはケモナーでした

竹端景

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第五章の裏話

生徒の仕事

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 サイジャルは常に最新の技術を取り入れてきた。異端と呼ばれるものはサイジャルにはなく、安全であるか危険であるかということだけが判断基準である。
 様々な部分が刷新されていく中で古くから変わっていない場所もある。

 他の大部分が改築されたり、フェスマルクの『大嵐』で半壊後に再建築されても姿形はそのままにされた部屋に、頭を抱えている少女が一人虚ろな目をどうにか動かして書類を読んでいた。

「困りましたわ…管理に回せる人員が…ああ、ここの警備は増やさないと…」

 彼女はリンメギン国の王女マリーヌである。自信に溢れた相貌はすでにやつれ、ばりばりと自慢の金髪から髪の毛が抜けるのも構うことなく頭を掻く姿は、彼女の見た目がエルフよりであることからは似合わぬと思うが、彼女はドワーフの王女である。
 カップに注がれて冷たくなった紅茶を酒でもあおるかのように飲み干す姿は、堂に入っていた。

「姫様。少々はしたないですよ」

 マリーヌの傍らにひっそりと控えていたメイドが新しく紅茶をいれる。
 温かくしていても、口にいれるときには冷たくなっているだろうことをみこして、薄めに作られた紅茶と自分用に適度な濃さの紅茶を彼女は用意している。

「…貴女が手伝ってくれても」
「お断りします。私の仕事ではありません」

 主の前で堂々と紅茶を飲んで、主が手をつけないでいた乾いてしまったクッキーをばりばりとわざと音をたてて、口にいれている。

 メイドの態度を気にした様子はなく、書類を再度読み込み、動かせる人員を計算し直してやはり足りないといらついている。

 彼女がこうして警備関係の書類を作成しているにはわけがある。
 サイジャルは学生自治権がかなり強い。どこかしらの王族が毎年入学してくるのだから、帝王の一環として学生自治ぐらい統制してみせよというサイジャルからの意向もある。

 職員が自分たちの研究を優先させたいという思惑が大部分あって王族出身が役員として、職員しない雑務や提案書の作成をしているのだ。

 しかしながら、他の役員が見当たらず、マリーヌだけが一人で書類を作成しているのは本来ではありえない。今年に限っていえば、かなり特殊な事情が関わっている。

「お忘れですか?陛下からの罰でもあるのですよ?しっかりと補佐をするようにとのことです。私はあくまで姫様のお目付け役ですからね?お忘れなく」

 メイドの言葉に、マリーヌは顔をひきつらせた。

「ケルン様のことなら謝罪をしようと」
「して、クウリイエンシアのアメリア殿下ともめて、エフデ様から注意の手紙が届いたのでしょ?ケルン様もそのことをお気になさっていたとか」
「あれは、あの泥棒猫が悪いのよ!それと他の役員が病欠なのもよ!」

 一つは、謹慎に近い罰を受けてだ。

 マリーヌが暴走してケルンの婚約者だと吹聴したことは、リンメギンも最初は気にするどころか、外堀を埋めていた。
 状況が変わったのは、エフデがケルンの側に現れたことだ。

 リンメギン国はケルンを通してエフデとどうにか繋がりを持とうとしたのだが、フェスマルク家から書状がリンメギン国王の顔に叩きつけられたのだ。

『手出し無用』

 それによってリンメギン国としては、遠くから見守りつつ、マリーヌを売り込んでいくつもりだった。
 しかし、マリーヌは大失敗をしでかしていた。

「…姫様。エフデ様にご不快な思いをさせただけで罪となりますよ?」
「私だって自重しているわ!…遠くからお姿をみて…そう!見守っているわ!」

 ケルンと初対面を終えて浮き足だっていたマリーヌだったのだが、それ以降、まるで狙っていたかのように激務の日々が続いていた。

 これが最大の原因なのだが、なぜか今年は役員に空席が出ているのだ。

 彼女をいれて十六人いた役員の生徒のうち、半数が病に倒れて自国へと戻ってしまった。
 その結果『水のクラン戦』が行われる間際まで、学園内の調整に走り回っていたのだ。
 そうでなければ、マリーヌは先輩としてケルンに試験のアドバイスをする気でいたのだが、それすら叶わない。

 そのフラストレーションがたまった結果マリーヌは授業中のケルンを覗きに行くということで、ストレスを解消させていた。

「エフデ様から『あまりにも視線がきつい。そろそろ止めさせたいな。さもなくば弟が泣く前に俺が話をしなきゃいけなくなるんだが?』といった苦情があるようですが…これ、姫様の視線が原因ですよね?」

 日に日に圧力を増す視線に、また勧誘かとエフデが不愉快に思っているのを人伝に彼女は聞いていた。その主犯が主であるマリーヌである。エフデが勘違いをしていることは伝えず、マリーヌを非難する。
 ほぼ毎日、鼻息荒くしてまだまだ小さな子を見ているマリーヌにぞっとしたのもあるのだ。

「わ、私だけじゃないわよ!他の子もいるもの!」
「お気持ちはわかります…かわいらしいですものね…」

 でも、鼻血を出すほどではないと思いますがね。
 心中で思えば、マリーヌが上の空になっていた。

「芸術品に興味はあまりなかったけど、ケルン様は間違いなく芸術品ね」

 くしゃりと大事な書類がよれてしまったが、マリーヌは気づかない。
 印刷は不可の手書きのみの書類だというのに大丈夫なのか?と思うがマリーヌの意識はさらに遠くへとむかっていっていた。

「エフデ様に気に入っていただけたら、私とエフデ様は結ばれるかしら?」
「どうでしょうね…まず、最難関がエフデ様ですからね」

 その一言でマリーヌは現実に帰ってきた。

「ほんと、馬鹿な人たちのせいで私たちにまで仕事がきてしまっているじゃない!嫌になるわ」

 書類がさらに音をたてて、よれてしまう。

「警備問題…と簡単にいえたらよかったんですけどね」

 あえて触れず、マリーヌが慌てる様をみてまた井戸端会議のネタになると考え、この前の誘拐事件を思い出す。
 あれはサイジャルの顔だけでなく、リンメギン国としても顔に泥を塗られたようなものだった。

「エフデ様を誘拐なんて…馬鹿でしょ」

 エフデはリンメギン国にとって最重要人物である。国王が宣言していることもあり、国民の全てがエフデが次代の王候補であることも承知している。
 そのような人物を誘拐するということは、リンメギン国に宣戦布告するということだ。

 またリンメギン国の上層部では、冒険者の武器によって連日遅くまで会議が行われているほどだ。

「サイジャルに許可なく武器を持ち込んだ…結界は問題なかったのよ?裏を見なきゃいけなくなるなんて…先輩方、寝ているかしら?」
「どうでしょうね…王族をここまで扱き使うサイジャルはすごいですが…自らの病魔に気付かぬのは愚かです」

 サイジャルには許可していない人物を敷地外に飛ばせる処置が施されている。
 新入生の護衛などで入ってきても主要な場所には入れず、入学式が終わればサイジャルから外に出される。

 正式な手続きをするか、サイジャルの関係者でなければそもそも武装はできないのだ。
 ただ、許可をされれば別だ。

「どの職員が手引きしたかはわからないままなのがね…フェスマルク家からの情報はもうないのかしら?」
「聞きますか?」
「…詳しくはやめてちょうだい。録音機なんて使うからひどい目にあったわ」

 フェスマルク家が誘拐犯である冒険者を引き取っていき、そこから得た情報を流してくれてはいる。
 情報収集が得意な者がいるのか、ペラペラと話しているが、録音機では他の音も聞こえる。マリーヌはしばらく耳の奥から離れなかった異音を思い出して背筋を震わせた。

「やはり魔法とスキルはクウリイエンシアが何枚も上手です。しっかり情報は得ていますよ。ただ、途中で情報はなくなっています」

 メイドの言葉に眉をひそめる。
 今回の誘拐の手口はリンメギン国にとっては、見逃せないのだ。エフデの件もあるが、誘拐されたドワーフたちの存在がちらつくのだ。

 押収された武器はドワーフの手によるものであり、失われたはずのイムルの魔法武器すらあった。

「私たちにも無関係ではないのよ?…追えないの?」
「無理ですね。その貴族はとっくに死んでいたんですから」
「露見する前に消されたの?」

 尻尾切りにあったのか。そう思っての言葉だ。

「いいえ。数年前に病死しています。死人が依頼人だったようです」
「騙り…もしくは『姿変え』かしら?」

 死人を使うことは詐欺師の常套手段だ。もしくは魔法を使ったのか。
 マリーヌの推測は外れた。

「…墓が荒らされていたそうです」
「それはっ!…禁忌を怖れないなんて…」

 死人を騙るのではなく、本人を使ったということなのか。
 禁忌とされることを平然とやるなど…マリーヌの中ではある国が浮かぶ。やっていてもおかしくない国なのだ。

「警戒をもう少し強めた方がいいわね…それと生徒でも監視対象にしましょう」

 直接関わらなくても、あの国の思想そのものに汚染された誰かしらの犯行かもしれない。
 それにそうだとしたら誰が許可したのかもわかるというものだ。

「本当は疑いたくないんだけど…私もお世話になった方をこんな風にはね」
「姫様のお仕事です…私もそのときは手伝いますから」

 身の回りの世話をしてくれている彼女には、マリーヌは幼いころから全幅の信頼をよせている。
 王宮の誰よりも頼れて強い彼女なら安心だろう。

「できれば、この書類を手伝ってほしいわ!警備関係は得意でしょ!」
「それは職務外なのでお断りします」

 書類はとうとう破けてしまい、それに気づいたマリーヌが悲鳴をあげ、メイドは気にせず紅茶を一口飲んだ。
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